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語りの記事(1)

SOUND AIRYLUVS

今まで誰にも話せなかった、作曲をはじめたきっかけ②(覚醒編)

こんちわ、ISAoです。

(告知)DLsiteサマーセール始まりました!

https://twitter.com/airyluvs/status/1285813868103495680




♪始まるよー始まるよー





♪始まるよったら始まるよー









♪よーん4と よーん4で













♪蛸(タコ)の足!!



♪ドロ〜ン!!








はい、これでもうね、この記事のツイッターのサムネは
見事にタコの足になりました♪
(みんなもじょうずにできたかな?)






今まで誰にも話せなかった、作曲をはじめたきっかけ②(覚醒編)

前回の記事はこちら



さて、エレクトーンをやめて、友達と遊ぶことに命を懸けていたISAoくんは、

小学五年生のときに、悲惨な交通事故に遭います。

事故に遭ったその日、ぼくはチャリで30分くらいかかる、遠い友達の家に
スマブラをしに遊びに行きました。


そのころ、毎日のように64のスマブラで遊んでいたのですが、

同じように対戦するばかりだと、飽きてくるので、


オプションで アイテムがひたすらボム兵しか出てこないモードに設定し、


ひたすらみんなで上投げをして花火のように遊ぶだけの





『ボム兵祭り』 を開催していました。





この祭り、めちゃくちゃ面白かったんですよね。


もう息できないくらいみんなで笑い転げて、あっという間に時間が過ぎて、

気づいたら門限がめっちゃオーバーしていたので、

大慌てで急いでチャリに乗って帰ろうとして、



そして何を思ったのか、帰り道、


途中焦って片側3車線の国道をチャリで信号無視してしまいました。



そしたら、1台目の車は急ブレーキで横断歩道ギリギリで止まってくれたんですが、

その車で死角になってしまい、70キロ以上出していた車に思いっきり撥ねられて

チャリと共に遠方へ体が吹き飛び、そのまま倒れてしまいます。






10分程度でしょうか、

道で寝ていた僕は仰向けのままふと目を覚まし、

見知らぬおっさん達と目が合い、

「大丈夫か!!!???」
「しっかりしろ!!!???」


と声を張っていたので、


状況を理解していなかった僕は、
左手で体を起こそうとしましたが、





「ぎぃやあああああああああああああああああ”あ”あ”」



信じられないくらいの激痛が走りました。




後から分かりましたが、吹き飛ばされて着地に使ったのであろうその左肩は粉砕骨折しており、
レントゲン写真で骨が無くなっていました。





やがて救急車に運ばれ、
怪我の応急処置をしてもらいましたが、


自分の服が血まみれに破けていたり、
頭の怪我の処置をしてもらう際、赤ではなく黄色の血が出ていたのを見て、
「いよいよヤバいぞ」と思いました。





病院へ移送が完了した直後、
朦朧としていた意識が元に戻り始め、

全身にとてつもない痛みを感じます。
痛み止めを打ってもあまり効きませんでした。



痛すぎて飯が食えない、入院生活が始まります。















そして、落ち着いてきた入院生活3日目くらいのこと。



死ぬほど心配をかけてしまった両親と兄ちゃんに、
迷惑をかけてしまったISAoは




付き添いのお母さんに向け、




「勉強がしたい」





そう言い放ちました。








この時ですが、自分でもあまりよく分からずに喋っていました。


頭の打ち所が悪かったのでしょうか?(頭蓋骨が削れてプニプニしていたので)

あるいは身内に迷惑をかけてしまったという詫びの気持ちでしょうか?



しかし、何か頭の中で、意識が聡明に、妙にはっきりしているような、

よく分からない意欲がふつふつと上昇していたのを覚えています。








2ヶ月後、ありがたいことに、事故の後遺症などは一切なく、

左肩も元通りになりました。







怪我の治療を終えて退院後、




宣言通り、僕はそのまま勉強をはじめ中学受験を受け、

当時、自分の住んでいる地域で1番と言われている中高一貫の学校に何故か受かりました






中学1年生になり、そのまま通っていた塾の模試の英数国の成績で、

こちらもなぜか大阪府1位を取り続け(全国3万人中ではだいたい20位くらいでしたが)







この辺りから、自分はあの事故の影響で覚醒したのかな?と 疑い始めるようになりました。







トップの成績を収めたときは、
「将来は官僚だね」だの東大生だの医者だの弁護士になれだの色々言われましたが、



そういう仕事にはあんまりイメージが湧かないし、

秀才慣れしていなかったせいか、ただうるさいと思っていました。




勉強にも上には上がいるし、

知識を詰め込む作業に何の魅力があるんだろうかと、ふと思い始めました。








ここからをピークに、本来のアホな地頭へ徐々に戻り始めますww








覚醒が終わったあとの成績は悲惨なものでした。


成績も下から数えた方が早い科目もあった・・・・


・・・塾もやめました。が、

しかし、僕はこの時めっちゃ楽しかった。




同じ学校にいたneko君(ニコニコ動画で歌ってみた投稿して、メジャーデビューも果たした友人)やセンスのある友達と出会って一緒にバンドをはじめたり、DTMを知って作曲したり、



FPSオンラインゲームの”Quake 3 Arena”に出会ってハマり、社会人と交流したり、



告って振られたり、また彼女作って、別れたり、繰り返しそれなりの青春を過ごしたり、




楽しい日々を過ごせていました。










そんな楽しかった中学時代は卒業し、高校に入学しますが、




高校は中高一貫なので、そのままエスカレートします。


一応は成績上位のクラスに入っていましたが、



もうその頃には、勉強で覚醒していたころの頭脳は消し飛び、
高校で遊ぶことにしか興味がありませんでした。







大学受験が近づくにつれ、学校全体がものすごくピリピリし始め、

有名校なりにハイレベルな進学実績を残さなければならないという学校側のプレッシャーや、

生徒側も厳しく勉強を勧めら、フラストレーションが溜まりに溜まり、



抑圧された、ものすごく嫌な空気になってきました。





特に、僕の通っていた高校、そのような抑圧的な空気感においては、

他の進学校の比では無かったようでして、



「良い大学に入れない人生はクソだ」というような、

ひどく一辺倒な価値観を押し付けすることが、あまりにも多かったです。





ただ、一辺倒すぎる価値観を持ち続けると、

どこかで必ず綻びが生じ、

自分の首を絞めることになる。




と、当時常に考えていました。










成績の悪い生徒は、教頭先生達から大人のいじめを受けます。


特に自分への当たりは、本当に酷かったようでした。

本当にすごかった。怖かった。



教師からの大人のいじめは怖いもので、
親にも相談が出来ない巧妙な手口になっています。




その時、残念ながらクラスメートも、徐々に学校の方針に洗脳されていました。

頭の悪い奴とは喋らない、っていう一辺倒な考え方を持ち始めていました。



つまり、僕は誰にも相談ができませんでした。









僕はだんだんと学校に行くのが疲れてきました。








間違っていると毎日さんざん言われ続け、、







「そんなことはない」という言葉は通してくれない・・











あの時、どうして「勉強がしたい」なんて言ってしまったんだろうか。










僕は何故、此処にいるのだろうか。











・・・・・。













悶々と人生を悩む日々を過ごしていた高校2年生の冬のある日、





更なるショッキングな出来事に直面します。










自殺で友達を2人亡くしてしまいます。














その葬儀で読経したクソ坊主から信じられないショッキングな言葉を聞き、
僕はブチキレます。


(次回、転生編へ続く・・・)



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