「五月に降る雪」~5月の短編ファンタジー

          1
 
 新型コロナが現れない世界線の話です。

 朝、病院のベッドから窓の外を見ると、五月も下旬になったのに雪が降っていた。
 近年の気象は猛暑や豪雨などおかしなところが多かったけれど、さすがに東京で五月に雪が降るのは驚きだった。
 綾乃の部屋は四人部屋だったけれど、窓際のベッドだったので八階の窓から街に降る雪がよく見えた。
「あら、雪だわ」
「まあほんと、雪だわ」
 窓際ではない患者二人が、雪を見に窓際にやってきた。
 二人とも元気に歩ける状態ではなかったけれど、五月の雪ともなれば見たくもなるだろう。杖と足を引きずる音が病室に響いた。
 綾乃は28歳だった。
 最初に窓際にやってきて「あら、雪だわ」と言ったのは豊川さん50歳、白髪が目立った。その言葉に釣られてやってきたのが斉藤さん、42歳、焦げ茶に染めた毛が伸び頭頂がプリンになっていた。
 窓際のもう一人は鈴本さん、32歳。
 四人とも、まだまだ寿命とは言えない年齢だった。
 けれども皆、余命1ヶ月~半年と言われていた。
 28歳の綾乃は、余命3ヶ月だった。
 ついこの前まで健康体で、何の問題もなかった。趣味で週に一回ダンススクールに行っていたくらいだ。
 それが、流行の健康ハーブ茶を飲んでいたことでいきなり身体のあちこちが硬くなった。しだいに身体がどんどん硬くなり、最後は石のようになってしまうという奇病にかかっていた。
 充分健康だったのに、なぜ健康ハーブ茶なんて飲んだんだろう。
 綾乃は幾度も悔いたが、今さら悔いても遅かった。
 その健康ハーブ茶は、二年前にマスコミが一斉に勧めだしたものだった。
「この健康ハーブ茶を飲むことでインフルエンザにも感染症にもかからないんですから、他の人への思いやりでもありますよね」
「そうですよね。感染症にかかると、自分だけではなくまわりに移してしまいますからね」
 どの番組でもコメンテーターたちがにこやかに勧めた。医者や医学博士も出てきて勧めた。
 新聞雑誌でも薦められた。
 そのおかげで、その健康ハーブ茶は、全国で爆発的な流行となった。流行となるだけではなく、コメンテーターたちの言葉によって飲まない人間はまるで思いやりがない人間であるかのように思わされた。
 その結果、日本の八割の人たちがその健康ハーブ茶を飲み続けた。150グラムで1,000円くらいだったから、思いやりのない人間と言われないための免罪符としてはそう負担ではなかった。
 自分の意志でというより、「飲んでないの?」と言われるのが嫌で飲んでいたという人も多かった。綾乃もその一人だった。
 綾乃は緑茶が好きだったし、コーヒーが好きだったし、ハーブティはローズヒップティやルイボスティを時々飲んでいた。
 それでも、まわりからの「飲んでないの?」という同調圧力は思った以上に強かった。
 どこか砂のような味がして好きな味ではなかったけれど、みんなに合わせて飲むようになった。家で飲むのだから、「飲んでるよ」と嘘をつけばいいだけなのだけれど、あの健康ハーブ茶を飲むと不思議なことに瞳が灰色がかってくるのだった。
 それで普通の焦げ茶や黒い目をしていると、「飲んでないでしょ?」と言われてしまうのだから面倒だった。飲まずにインフルエンザにでもなれば、「飲んでないからよ」と迷惑そうに言われてしまう。
 綾乃はそれにあがらえるほど強い性格ではなかった。だから、まあしょうがないと好きでもない健康ハーブ茶を飲んでいた。
 ネットのSNSで、その健康ハーブ茶の危険性が言われるようになったのは3か月前くらいだった。一年前頃から、身体が硬くなる奇病にかかる人が増えていた。
 けれど、その原因はまったくわからなかった。
 だから綾乃は身体のあちこちが硬くなっていくほどに、その健康ハーブ茶を多く飲むようになっていた。
 その結果が、余命3ヶ月だった。
 最初に窓際にやってきた50歳の豊川さんは、余命1ヶ月と言われていた。
 豊川さんが、窓の外の雪を見ながらしみじみとした声を出す。
「雪を見るのも、これが最後ね」
「私もそうだわ」
 豊川さんの隣でそう言った42歳の斉藤さんは、余命2ヶ月だった。
 すると、窓際のもう一つのベッドからすすり泣きが聞こえてきた。32歳の鈴本さんは、余命半年だった。
 雪が静かに降るなか、鈴本さんのすすり泣きが響いた。
「どうして、こんなことになったのかしらね」
 50歳の豊川さんがつぶやいた。


「フォロワー」「無意識からの言葉」プランなどの入り方はこちらクリック

Exclusive to users above "Follower"Free

今すぐフォローをどうぞ! ①詩・エッセイ・雑感など。 ②上位プランの進歩状況などのお知らせ。

Free

"1000 yen" plans and above exclusive(s) Support amount:1,000 yen

By purchasing this back issue, you can view the exclusive bonuses for May/2023. What is a back issue?

Support Cost: 1,000 yen

If you liked this article, support the creator with a tip!

Sending tips requires user registration.Find details about tips here.

Monthly Archive

Search Articles