「あなたになりたい」~3月の短編小説

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「先生、私はあなたが本当に大好きなんです。『碧(あおい)るい』というペンネームもあなたの小説もあなたの容姿もあなたの生活もすべて完璧で、一点の曇りもありません。
 私がどれだけあなたのことが大好きなのか、先生にはきっとわからないでしょうね。病気しがちな十歳の長男と七歳の長女を抱え、実家に居候しながら毎日毎日スーパーでレジを打つ三十八歳バツイチの私。
 実際にはレジを打つわけではなくバーコードを通すだけですし、最後の会計はセルフレジの機器に案内します。ええ、うちのスーパーのシステムはそうなっています。去年すべてセルフレジの機械を三分の一ほど導入したんですがごまかす人が多く、『わかりません』と呼ぶお客も少なくなくかえって手間だったんです。
 このままセルフレジが定着したらパートも整理されちゃうのかなと心配だったんですが、だいじょうぶでした。一般の人間はそんなに賢くないんです。お年寄りなんて、何回説明してもわからないんです。怒り出す人もいて大変でした。今は会計だけセルフなので、鈍い人でも五回説明するとわかってもらえます。
 単調だけれどお金を扱うので気の抜けない仕事をこなしながら、先生は今パソコンで文字を打っているのだろうと私はよく想像していました。どんなお話を書いているのか、先生のSNSやブログのチェックももちろん欠かしませんでした。
 女流人気作家って、なんていい響きなんでしょう。さらに先生には天才という言葉が絡み合わせられることが多く、それらの文字を見るとぞくぞくしました。
 先生は五十歳で私より十二歳も年上なのに、なんてお若く美しいんでしょう。まるで女優です。もう子育ても終わり、金銭的にもゆとりがあるからこそですよね。本当に羨ましいです。私も若い頃は、よく綺麗だと言われたものなんです。
 自分で言うのもなんですが、かなりもてました。それがまだ三十八歳なのに二人の病気がちな子どもの世話と仕事に追われ、肌も髪もぱさぱさしています。出産で薄くなった前髪も戻りません。
 こんなことを言うとなんですが、実は私は文章も得意なんです。中学生の時には校内読書感想文コンクールで三年間連続で入賞しました。
 小説も実際に書く時間がないだけで、頭の中でいくつもできあがっています。アイデアがどんどんわいてきます。
 よく先生はおっしゃっていますよね。
『小説家になれるかなれないのかは、運です』と。
 私もそう思うんです。先生は運がありましたよね。私には運がなかったんです。同じようにもとは綺麗で文才もあるのに、たまたま私には運がなかったわけです。
 先生、これは不公平だと思いませんか? 同じような人間なのに、運によって結果はまるで違うんです。先生は天才人気女流作家として雑誌に取り上げられ、その作品は映画化もされています。テレビに出ていた時もありましたよね。よく旅行に出かけては、高級旅館にも泊まっていますね。
 かたや私は、口うるさい両親のもとで「光熱費を払え」とか「食費が足りない」と言われながら古くて狭い家に居候しているわけです。子どもたちを病院に連れていくためにスーパーのパート時間を変わってもらわなければならないときも多くて、肩身の狭い思いをいつもしています。家でも仕事場でも、どこでも頭を下げているんです。
 言っていて悲しくなります。
 なのに先生は、SNSのダイレクトメッセージで私が頻繁にメッセージしても無視していますよね。ないお金を工面して先生の新刊を買っている読者に対して、この仕打ちはないのではないでしょうか。私がこんなにも先生を好きなのに、先生は無視ってどういうことでしょうか。
 ねえ先生、黙っていないで答えてくれませんか?
 ああ、ごめんなさい、睡眠薬入りクッキーを食べて朦朧としているうえに、椅子に縛られて口にガムテープを貼られていたら、話せませんね。
 ほら、ガムテープを取りましたよ。しっかりしてください、先生。水をかけないとだめですか?」
「ミ、ミチカさん?」
「ようやく目を覚ましてくれましたか?」
「いったい何を?」
「安心してください。先生のマンションですよ」
「こ、これは、どういうことなの?」
「いやですねえ、先生、もう一回言わないといけないですか? 私は、先生のことが本当に大好きなんです。三月も終わりに近づいて、暖かくなってきましたね。しゃべっているせいか、暑くなってきました。上着を脱ぎますね」


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