「それは虚構の世界」~3月の短編ファンタジー

          




 あなたは、知っているだろうか。
 人の脳は現実を生きているのか虚構を生きているのか、判断できない。
 脳は入ってきた情報を処理しているので、精密に作られた虚構を見破るのは難しい。


          


「どの指輪も素敵で迷う」
 結城美月は宝石店を3店はしごした後、カフェのテラスで一息ついていた。
 婚約者の木村透と一緒に。
 3月の下旬、3時を過ぎても日差しが暖かかった。
 もう春だ。
 パンジーなど色とりどりのポットから、花たちの軽やかなおしゃべりが聞こえてくるようだ。

「迷うだけ迷ったらいいよ。
 後悔しないようにね」
 31歳、3つ年上の透はいつも美月の気持ちを優先してくれる。
 仕事が忙しいはずなのに、今日も午前中から宝石店めぐりにつきあってくれている。

 2週間前、美月は透からプロポーズされオッケーした。
 つきあって2年、楽しい思い出ばかりで嫌な思いをしたことがない。
 透は学歴も仕事も見た目も性格も、何1つ欠けたものがない。
 あまりにも完璧なのが、欠点といっていいくらいだ。

「口にクリームついてるよ」
 透がくすっと笑って、ナプキンでそっとぬぐってくれる。
「ありがと」


 出会いは2年前、偶然本屋の棚の前で3度出会ったことがきっかけだ。
「3度目ですね」
 透はスマートに話しかけてきた。
「若冲、お好きなんですか?」
「あ、ええ」
 3度とも、若冲の絵画集の棚の前だった。
「今新宿でやっている若冲展、もう行きました?」
「まだなんです。行きたいんですが」
「よかったら、一緒に行きませんか?
 あ、怪しいものじゃないです」
 そう言って出された名刺は、一流会社の名刺だった。

 ナンパなのだけれど、好きな若冲の前で3度出会ったという偶然、好ましいルックスと肩書きに美月はオッケーした。
 これだけ女性に対してスマートでイケメン、一流会社勤めならもてるだろう。
 浮気されるのではと心配したけれど、杞憂だった。
 つきあって2年間、一度もそんな気配はなかった。


 ミルクティーを一口飲んで、美月が自分の幸運に感謝した時だった。
「目を覚まして!」
 突然若い女性が、2人のテーブルにのりこんできた。
 髪の長い目の大きな女性。21,2歳だろうか。肌がつやつやだ。
「目を覚まして!
 こいつは詐欺師よ!」
 透を指さして叫ぶ。
 突然の爆弾投下に、美月は頭が真っ白になった。

 女性が、美月の肩をつかんでゆさぶる。
「しっかりして! 目を覚まして!
 詐欺師にだまされないで!」
 いきなり世界がひっくり返るとはこのことだ。全身の血がどくどくと脈打った。
 透が立ち上がって美月の腕をひく。
「行こう!」
 美月は首を振った。
「あなたのことを詐欺師だって言ってるわ」
「ぼくのことを信じられないの?」
 信じたい。信じたいけれどこの状況はどう考えても三角関係の修羅場だ。
 これまで見ていた幸せな世界はなんだったんだ。

「詐欺師の言うことを信じないで! 
 目を覚まして!」
「君、いいかげんにしてくれ。
 警察を呼ぶよ」
「呼びなさいよ!」
「美月、信じてくれ。
 ぼくはこの女性を知らないんだ」
 美月が問う。
「知らない人がわざわざやってきて、こんな修羅場を演じるっていうの?」
「そうだよ。頭がいかれてるんだ。
 かまっていたら危険だよ。
 警察を呼ぶよ」
 透はスマホで110番した。

 しばらくして、警官が2名やってきた。
 透が名刺と免許証を見せて、事情を説明する。
「身分証明書は?」
 警官が若い女性に問う。
「そんなものないわ」
「保険証とかあるでしょう?」
「ない」
「名前は? 年は?」
「古都野真美(ことのまみ)。21歳」
「木村透さんとつきあってるの?」
「いいえ」
 え? 美月は女性の言葉に驚いた。いいえ?

「じゃあ何で、こんな騒ぎを起こしてるの?」
「うそっぱちだからよ!
 詐欺師にだまされてるからよ!」
「人を詐欺師だなんて言ってたら、名誉毀損にあたるよ」
「私はほんとのことしか言ってない!」
 また美月の両肩をつかんだ。
「目を覚まして!」
「ちょっとちょっと」
 警官が真美を美月から引き離す。
「交番に一緒に来てもらおうか」
「嫌よ!」
 真美がだっと逃げる。
「おい、こら待て!」
 警官2人が追いかける。

 美月は、ぽかんとするしかなかった。
 と、美月を透がすっと抱きしめた。
「言ったろ? 信じてくれって」
 美月は、こくんとうなずいた。



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3月を過ぎてもずっと見られますので、途中ご入会は損ということはありません。
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フォローのしかた、ご入会のしかた、過去月購入のしかた、入会された皆さんへ
  

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