「隠れ陰陽師 鬼竜隠糸葉① 首絞め事件ファイル」~1月の短編ファンタジー



          


 人生に転機はある。
 それがいい転機なのか悪い転機なのかは、後になってわかることが多い。
 おれ、榎木仁、28歳、物理学者に訪れた転機は、2月の冷える深夜のことだった。



 く、苦しい。
 息ができない。喉がしめつけられる。
 暗闇のなか仁は、喉に手をやった。
 何かが、喉をぎゅっと絞めつけている。
 必死にひきはがそうとするが離れない。
 
 目がなれてくると、うっすらと黒い人影が見えてきた。
 黒い人影が、ベッドの上の仁に覆いかぶさって首を絞めていた。
 な、なんだこれは!
 助けを呼ぼうとしても、声が出ない。
 黒い人影の両手が、ぎりぎりと喉を絞めつける。
 く、苦しい・・・・
 やめ・・・・
 仁は、気を失った。


 目覚めると、カーテンが明るかった。
 朝だ。
 時計を見ると、8時。
「うわっ、遅刻だ!」

 それにしても、嫌な夢だった。
 喉にはまだ、絞めつけられた痛みがリアルに残っている。
 仁はあわてて服を着て、鏡を見るまもなくアパートを飛び出した。

 天然パーマの童顔だが、これでも大学院時代に発表した論文が世界に認められている。
 大学院を卒業後、大学の講師を週4日やっている。

 基礎物理学は、あまり世間に需要がない。
 院卒後に講師の職を得られたのはまだいい方だったが、給料はバイトに毛が生えたようなものだ。
 それではやっていけず、金持ちの家の家庭教師もやってなんとかしのいでいる。




 大学の教室に入ったとたん、生徒たちが、
「どうしたの、それ!」
「首!」
 童顔の仁は、生徒たちに対等に扱われている。というより、なめられている。
「ほら!」
 女生徒がやってきて鏡を見せる。
「あ!」
 首に、赤い痕がはっきりあった。
「首でも絞められたの?」
 生徒たちが笑う。
 どういうことだよ。あれは、夢じゃなかったのか?

 授業が終わると、さっき鏡を見せた女生徒と仲間の女生徒が3人で仁をとりかこんだ。
 物理をとる女生徒は少ない。その中でもかしましい3人組だ。
「ねえねえ、それどうしたの?」
 わけを話すと、3人の女生徒たちが口ぐちに、
「なにそれ、やばいじゃん」
「怖っ!」
「呪いだよ、それ」

 仁は笑った。
「まさか。ねぼけて自分でひっかいたんだろ」
 とその時、
「ひえっ!」
 鏡を見せた女生徒が、仁の背後でさけんだ。
「なんだよ、おどかすなよ」
「だってこれ。指の形がついてる!」
 その後、女生徒3人の悲鳴が教室に響き渡ったのは言うまでもない。

 仁も女生徒たちの2つの鏡で、首の後ろにくっきりした指の形を見た。
 さすがに、背筋が冷えた。

 最初に鏡を出した女生徒が言う。
「まじでやばいよ、それ。ほっとくと、呪い殺されるかも」
「おどかすなよ」
「おどしじゃないよ。
 ちょっと待って、いい心霊カウンセラー教えてあげる。
 うちのおばさんが、悪いもの払ってもらって、痛かった腰が治っちゃったんだよ。
 めちゃ有名な心霊カウンセラーなんだから」

「おいおい、待てよ、おれは物理学者だぞ。
 何十万の壺とか買わせられるなんて、かんべんだよ」
「壺なんか買わされないよ。
 ついてるもので、料金は変わるんだって。
 おばさんは、20万だった」
「却下。20万なんてないよ」
「だったら、助手になったら? 助手を募集してるんだって」
 メモをむりやり渡された。
「住所と電話番号。電話予約してから行ってね」



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