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【FM言ノ葉主催 きっとあなたの1400字参加作品】0557


こんばんは!こたつワークスの山田です。
今回は2024年秋に募集されていた、「きっとあなたの1400字」参加テキストの掲載です。

「きっとあなたの1400字」について

VRChat上のグループ「FM言ノ葉」が運営・放送している、「言ノ葉ラジオ」のコンテンツ「きっとあなたの140字」の派生企画です。

企画詳細はこちら

VRChatユーザーなら誰でも参加できる、という極めて広い間口の企画に、山田も参加させていただいておりました。
参加作品は「言ノ葉堂2号店」にて本という形で企画コーナーに展示いただいております。
VRChatユーザーならどなたでも遊びに行くことができます。
毎週木曜22時に2号店でスタッフさんやお客さんとお話ができるイベントもあるよ。
すご~い


△生産者表示。すご~い いつもお世話になっております


これはきったねェ読書跡ですが、このように本という形で読むことが出来る。面白い。デスクトップだと読むのに少しだけコツがいる。
本はローカル(人それぞれ閲覧できる)なので、みんなで1冊の本を自分のペースで同時に読んで感想を言う、というような体験もできる。すご~い

https://www.youtube.com/watch?v=_5Ogbz-Igrk
△FM言ノ葉主催・じむの朔さんによる参加作品の紹介動画
山田の作品についても触れていただいています うれし~い

「0557」

真っ暗な海原だと思ったら、マグカップのコーヒーだった。

もうもうと揺らぐ蒸気はとっくに消え去り、
香しい海は、満ちた時よりかさが減って、カップの底へ向かって沈殿し始めている。

舐めるように舌先で水面を、つつく。
淀む香りと冷えた苦味を同時に感じて、ひそめて、しかめて、
ようやく、視界に焼き付く青闇が、五感を鋭くしていると気付いた。

思わぬ青さにぎょっとして顔を上げて、またぎょっとする。
猫の額の我が船は、海上どころか、沈没していた。
窓を覆う薄いカーテンが、差し込む光を海水に変えて、6畳の船内を満たしていたからだ。

はめこまれた海面は、脆弱な想像力が海に引き返すには十分な大きさで。
物が根ざしている場所だけ、海域が深いのだろう。
明かりも点けず、海の底で、家具と一緒に青暗く座り込んでいた。
本当に、そうしてしまっていた。

ふいに息苦しさを感じて、音を立ててカップを置く。
対の腕を、ぎこちなく伸ばすと小さく鳴る骨の音は、長い時間身体を動かさなかった証拠だ。
伸ばした手の内に、小さな船を握りしめていることに気づく。
力を籠めると、だめなくらい、暖かい。
そう感じたら、急に腕が重くなった気もして、そっと下ろす。
無意識の怪我に気付く瞬間、痛みを感じ始めるのと多分、同じ現象。

見下ろす手中の船は、充電が切れていて動かない。
船中船であるものの、電子の海を泳ぐ船。

今回の航海は、外れだった。
陸地は見つからず、すれ違う船も無い。
甲板で釣り糸を垂らしても、食いつく魚も居やしない。

つまり、何もして……いない、の……だった。

わざと瞬きをして、気を逸らす。
一言で説明出来ることが、ぐわと恐ろしい。

もっと、腰を据えて可愛がってやる必要のある感情とは、わかっていた。
真っ先に思いついた名称を宛がっているだけ。
それでも、一度恐怖と名付けたからには、何もなかったことを、無かったことにしたかった。

青い光を頼りにフローリングでもがいたら、机の角にコン。とひじをぶつけて、痛くも無いのに、痛い、と言う。
波打つコーヒーが、見えなくともつんと鼻先を擽って、海底をいっそう青ざめさせる。

声無くむくれながら、充電器を手繰り寄せてスマートフォンに繋ぐ。
その一体化した姿は、船というより錨だ。
自由に海原を進む船ではなく、どんな嵐でもその場に留めるもの。

充電が終われば、錨は船になる。
電源を落とすと、船は錨になる。

ここは時限性の海底であって、部屋だった。
暗くて不便なら、立ち上がって、電気を点ければいい。
苦く冷えた香りが不快なら、捨ててしまえばいい。
それが出来たら苦労はしない、と寝転がる自分もいい。

錨を床に放って、ベッドに上って、目を閉じる。
時間が海を攫って行くなら、眠ることは多分、日常に向かう船だ。

船を乗り継ぎ、陸地を目指す。
洗っても落ちないカップの海名残に苦労する未来は、選択のおまけ。

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