ダラクゴラク Dec/26/2025 02:01

『四季星フォーシーズンズ』

はぁはぁと、荒い呼吸音だけが、耳に響いていた。
 ここはどこだろう。遠くの窓に壊れた夜景がうっすらと見える。視点が高い、どこか塔のような場所だろうか。
「ごきげんよう、魔法少女マーシフルブライト」
 スカイツリーを思い描いた瞬間だった。拘束された私に、声を投げかけてくる者がいる。
「……ニクトフォビア」
 視界に割り込んできたのは、闇色のドレスに身を包んだ長身の女だった。腰で揺れる長い髪も、光を映さない瞳もすべてが闇色で――この女を見ていると唯一、白い肌だけが夜に浮かんでいるように見える。見れば蝙蝠怪人であるアビオフォビア、悪魔怪人デモノフォビアなど、ニクトフォビアの幹部たる怪人たちも勢揃いだ。
「気分はどう?」
「……いいわけないじゃないですか」
「貴女のお姉さんも、お仲間も――みんな逃げてしまったわ。貴女のおかげでね」
 彼女のその言葉に、内心、胸をなで下ろした。敵陣の中だというのに、ほっ、と息を吐きさえする。よかった、お姉ちゃんは無事なんだ。
 私たちは一時の敗北を受け入れ、東京を放棄することになった。先ほどの戦闘で私は、お姉ちゃんと2人の仲間を逃がすため、ひとり別行動を取り――力及ばないながらも戦い、そして捕らえられた。それならば上々だ。私はステラの中でもぶっちぎりで弱いのだ。戦闘能力など皆無に等しく、私ひとり捕まったところで、大勢に影響はない。
「残念でしたね。私みたいな雑魚、人質としての価値すらありませんよ」
 それはあちらも知っている。こんなの早く殺した方がいいんじゃないですか。と挑発する。
「嫌よ。正直、よくもやってくれたわね、と思っているわ。口惜しい。貴女さえいなければ、東京の支配はさらに盤石であったでしょう。悔しいから、少し実験に付き合ってもらうわ」
「実験?」
「貴女たちステラは、変身の際に自分の心を具現化する。それがステラヴェールと呼ばれるもの。そのコスチュームは、貴方たちの心の形そのもの」
 ……言われて、私は自身の身体を見る。白と緑に彩られたワンピースと、ドレスグローブ、そしてブーツ。長い髪が、ぱらぱらとこぼれ落ちているのが見える。これが私、石上咲春の魔法少女マーシフルブライトとしての姿だった。
「そこで考えたのよ。ステラヴェールの改造は、貴女の心の改造と同義なんじゃないかって」
「――――!」
拘束され、動けない私。そのステラヴェールに何本ものコードが巻き付いていく。
「すべて終わったら、お姉さんにも会わせてあげる。ステラヴェールを闇で汚染したとき、貴女はどうなるのか――私に教えてくれないかしら」

 1 ナイトレイダー

「――ストレイシープ、こっちでいいのね!」
 叫びと銃声。放たれた火華が闇を振り払う。マズルフラッシュに照らされた戦闘員は、撃ち抜かれて装甲車に踏み潰された。私を呼んだのはシェリフバレル。仲間であるステラのひとり。月光に照らされたその姿は、西部の保安官に似ていた。
「やっぱりマーシフルブライトがいないと威力出ないわね。進め! 日の出までが勝負よ」
 一匹の馬が装甲車の横を併走する。その上に跨がるシェリフバレルは対戦車ライフルを構え、雄叫びを上げた。私たちと行動を共にするのは、陸上自衛隊の一個師団。そして、ニクトフォビアに抵抗するレジスタンスの皆だ。東京がニクトフォビアに奪われて、もう半年になる。けれどそれも今日までだ。今夜、私たちは再び首都を人類の手に取り戻す。
 東京奪還。この作戦の名称であり、それが私たちの悲願だった。
(――咲春。マーシフルブライト)
 もう、遙か遠い昔のような気がする。あの日、囮となって走っていった、生命と光の魔法少女。私たちを逃がすためひとり東京に残った――私の大切な妹。
 この半年間、あの子のことを思い出さない日はなかった。
(今、迎えに行くからね……)

 2 東京恐怖戦線

 はじまりは一年前。
 ニクトフォビア。本来は暗闇恐怖症という意味であるが――現在は同名の女を首魁とした、大規模武装組織を指す。それが社会に対して宣戦を布告し、攻撃を仕掛けてきたのだ。
 現行文明とは違う力、闇の力を使いこなす彼女らに、現代の武力は悉く敗退した。
 侵略は日々絶え間なく続き、東京は少しづつ、削られるように奪い取られていったのだ。
 そんな絶望の中に、一つだけ希望が生まれた。世界中の人々の心の奥底。普遍的無意識からあふれ出した心の光。それが夜空にて星となり、各地に降り注いだのだ。
 その光を受け取った少年少女をステラと呼ぶ。闇の中で光り輝くもの、という意味で、私たちの誰かがそう名乗ったのがいつしか通称となった。私たちのチーム『フォーシーズン』もそのひとつだ。戦力はわりと充実していて、東京無双なんて二つ名もいただいている。
 ステラはそれぞれ世界に存在する6の属性を持つ。私たち得たのはそのうちの4つ。
『神威』――パンシィズム。全能と自然と信仰が織りなす神の力を示す属性。対応するステラは私こと聖少女ストレイシープ。本名石上結秋。
『文明』――テクノロジー。現行文明が築き上げた至宝たる機械と科学の属性。その象徴たる銃を武器とするステラ、西部決闘シェリフバレル。本名冬樹くぬぎ。
『人体』――アナトミア。人が肉体そのものに宿した力、戦闘技術や筋力、サイキックを司る属性。ステラは忍ばない忍者シャドウスプリンター。カレン・サマーベーカー。
『魔道』――ファンタズム。魔女や妖怪、悪魔などに代表される、魔の力を自在に操る属性。ステラは生命と光の魔法少女マーシフルブライト。私の妹である石上咲春。
 私たちは4人のチームだった。素早いシャドウスプリンターを前衛として、シェリフバレルが多種多様な銃で支援射撃。私ことストレイシープが神罰による後方支援を務めていた。マーシフルブライトはというと、味方の強化が主な役割だ。彼女は戦う力こそ持っていなかったが、私たちに自分の生命力を分け与えることができた。咲春は私たちの力をほぼ倍にし、傷を癒やしてくれたのだ。私たちは、いつだって彼女に助けられてきたのだ。闇の力に浸食された戦闘員たちを蹴散らすことができたのは、彼女のおかげだった。だから。
(あの子には、感謝してもしきれない)
 だから、この東京のどこにいようと――必ず見つけ出す。

 3 東京再起戦線

「帰ってきた――東京!」
 神奈川から、宵闇に紛れて走り続けた私たちは、ついにビル街にさしかかる。かつては美しかったであろうそれは、ニクトフォビアの度重なる破壊によって原形を留めていない。装甲車はゆっくりと廃墟の中を進んでいく。時刻は22時ちょうど。もはや街灯に明かりはなく、周囲には夜の闇が広がるだけだ。私たちはこの宵闇に紛れて、都心へと向かっていく。
 すっかり、見る影もなくしてしまったけれど。この街は、私と咲春の思い出の場所だ。私たち2人は、この東京で生まれ育った。それを汚したニクトフォビアを許すつもりはない。
「そうですか、そちらに魔法属性のステラは所属してないと」
『お力になれず申し訳ありません』
 定時通信だ。スマートフォンの向こうの女性は、東京に残ったレジスタンスの1人。他にも別働隊として、数千人のレジスタンス、自衛隊、ステラが同時に都心へ向かっている。咲春が保護されてはいないかと思ったが、彼女らのところにはいないらしい。代わりに、電波を司る文明属性のステラが所属しているそうである。なるほど、電波塔が機能していないのに通話できるのはそのためだろう。
『――闇の花嫁には気をつけてください』
 ……闇の花嫁? 何者だろうか。おそらくはニクトフォビアの一員だろうけれど、私たちが東京から脱出したときには聞かなかった名前だ。
「ストレイシープ、おいでになったわよ!」
 シェリフバレルの声に前を向く。そこには、戦闘員が地を埋めつくさんばかりの勢いだ。
「何体来たところで……!」
 背中に天使の翼を具現する。その間にも、咆吼にも似た銃声は響いた。シェリフバレルがガトリングガンを解放したのだ。
「やっぱり戦闘員1体につき5発はいるわね。咲春の強化があれば、一撃で倒せるんだけど」
 男女問わずの大軍の中に、私たちは飛び込んだ。戦闘員程度ならば、今の私たちでも問題にはならない。けれど、かつて私たちを助け、無双とまで形容させたマーシフルブライトの支援強化能力。それがない今、私たちの戦闘力も大幅に低下していたのだ。
 ――そうして、2人で何百体の戦闘員を蹴散らしただろうか。息を上げながら露払いを行う私とシェリフバレルの間を、少しづつ装甲車が進んでいく。
 そうしてひときわ巨大な、しかし大きく損壊したビル――かつては六本木ヒルズと呼ばれた場所。そこを目前にして、私とシェリフバレルは、同時にその異変に気が付いた。
「こいつら、強い……?」
 マーシフルブライトの支援強化魔法がなくたって、戦闘員などに負けたりはしない。けれど今や、戦闘員3人でかかられては押し負けてしまいそうなほどに、彼らは強くなっていた。
「あの指輪……? あれが、戦闘員を強化しているの?」
 相手をよく観察する。かつては咲春――マーシフルブライトがやっていたことだ。彼女が怪人の弱点を見抜いてくれたことも、一回や二回ではなかった。左の環指に塡めた指輪。あれを持つ戦闘員は高い戦闘力を持ち――そして、今もなおその数は増えていっている!
「一体何が!」
 息が絶える。戦い続ける身体は、休まないと限界が近いことを教えてくれる。
 その時。
「凄いでしょう、私の伴侶たちは」
 私たちが強化された戦闘員の攻撃を捌くのに精一杯な中。戦闘員を海のように割り裂いて、こちらに向かってくる影がある。その姿を視認した瞬間、戦闘員たちが一斉に敬礼した。
 私たちと同じ、中学生くらいの少女だ。レタス色の髪に、暗緑と闇色のレオタードの上から、ウェディングドレス風のボンデージを纏っている。仮面を付けているため、表情はうかがい知れない。隣には、ヒトと蝙蝠を混ぜた怪人であるアビオフォビアが舞い降りた。
「貴女……何者」
 見たところ、新たな敵幹部か。この少女が戦闘員を強化しているに違いない。
「私ですか? 私は闇の花嫁――」
 少女がその言葉を言い終わる前に、夜の闇がぐにゃりと、粘土のように盛り上がる。それが風船のように破裂し、中から忍び装束の少女が飛び出した。ポニーテールに結った金髪が、月光に反射して輝きの軌跡を描いて。
「シャドウスプリンター!」
 影に隠れていた4人目のステラ、シャドウスプリンターだ。行われるのは死角からの奇襲。闇の花嫁、と名乗った少女の顔を忍者刀が掠め、仮面が弾き飛ばされるのはほぼ同時だった。
 かん、と軽い音と共に、外れた仮面は宙を舞う。
「もう、自己紹介の最中なのに。相変わらず手癖が悪いんですね、カレンさん」
 その、素顔は。
「では改めて。私はニクトフォビアの準幹部。闇の花嫁ダークネスブライド」
「……さき、はる?」
 シェリフバレルが、辛うじて声を絞り出す。見間違えるはずもない。顕わになったその顔は、月夜に響くその声は、石上咲春――魔法少女マーシフルブライトそのものだったのだ。

 4 闇の花嫁

 私――ダークネスブライドを見て固まる2人とは裏腹に、カレンさん、シャドウスプリンターが動く。彼女は、その速度と隠密性が取り柄だ。夜の闇に溶け込んで、私の影にいつの間にか移動していたのだろう。忍者らしく、闇を得意とする存在である。ステラには珍しい。
 ――そのまま私に何度も振りかざされる忍者刀。それを私は、出現させた魔法のステッキ――ダストブライダルブーケですべて捌く。
「サキハル! 何があったノ?」
 カレンさんの声だけが、私に届いたすべてだった。事態を質しながらも、攻撃をやめる様子はない。この状況把握能力と、知り合いだからと動揺しないのが彼女の強さだ。カレンさんの言葉に、あの日のことを思い出す。私が皆を逃がした日、そして――私がこの姿を得た記念すべき日だ。そう、あの日――私は確か、椅子に拘束されて――。

 5 マリアージュノワール

「うっ……んっ……!」
 ステラヴェールが光を放ち、浸食しようとする漆黒を吹き飛ばす。拘束されたままではあるが、抵抗できない訳ではない。ステラヴェールとは、私たちステラの心が具現化して衣服として形を持ったものだ。私が心を強く持てば、闇などに負ける訳はなかった。
「あら……思ったより抵抗するのね?」
「当然……でしょ……」
 ニクトフォビアの言葉に、なんとか返答する。
「ステラヴェールは心の光だから……精神が弱れば汚染できるかしら」
 その言葉とともに、一層濃い暗黒がステラヴェールに送り込まれる。
「んんんんん!」
 けれど問題ない。こんなもの、耐えきれない訳じゃない――。
「ねぇ」
 けれど、そこに。
「お姉さんのこと、好きよね?」
 そんな言葉が飛んできた。
 ――好き? それは確かに、お姉ちゃんのことは好きだけど――。
「――女として、好きよね?」
 その言葉に、どくん、と胸が高鳴った。女として? 私が――お姉ちゃんを?
「だって、思ったことあるでしょう? お姉ちゃんを――自分のものにしたいって」
 ――そんなことはない、とは──本当に、言い切れるのか。
 その思考に気を取られた瞬間、私の心に少しだけ――ほんの少しだけ、弱い部分ができた。
「うあっ!」
 その小さな隙を逃すまいと、闇はステラヴェールに流れ込み――お腹のあたりに小さな黒い染みを作った。
「ね、思い出していいのよ、幼い頃の記憶」
 誘惑をはね除けようとしても、その言葉を理解した頭は、勝手にそれをい連想してしまう。
 柔らかい手を繋いで走った雪の日。抱き締められながら、桜を見た春の庭。ビニールプールの中で重なり合うように遊んだ夏。落ち葉と一緒に茸を焼いた秋の空。
 私は、お姉ちゃんのことが、大好きだったのに。
 お姉ちゃんは、私のことが、大好きなんだろうか。
 そう考えてしまったとき、心に大きな穴が開いた。
「あっ、あっ、あ……」
 ステラヴェールの染みは広がり、それに伴い、心の中に黒いしずくが落ちてくる。
 ぽたり、ぽたり。ゆっくりとそれは私の心を汚していく。
「お姉さんは、いつまでも貴女のところにはいてくれない」
 そんな、分かりきっていたはずの事実が、驚くほどの速度で私の心を乱していく。もうステラヴェールは、白い部分の方が少ない。もうしずくなどとは表現できない量の闇が、とめどなく心に流れ込んでくる。
「いつか、必ず、誰か――他の男のものになる」
 お姉ちゃんの笑顔、寒い夜に、暖かいコーヒーを持ってきて――私を抱いてくれたあの温もりがすべて、どこの誰ともつかない男のものになるなんて――。
 ――そんなこと、耐えられない。
「そんなの……嫌……!」
 気付けば私のステラヴェールは完全に漆黒に染まり、それでも容赦ない暗黒はさながら滝のように、私の心を押し流していく。
「――うふふ、可愛い」
 誰かの指が顎に触れる。もう、それが誰かも分からない。
「ああ、うう、ああ……」
 ――ステラヴェールを通して影が心を○すたびに、黒く混濁していく意識の中。
「貴女は誰?」
 ――問いかけられた答えも返せない。私はすでに記憶も心も、真っ黒に塗りつぶされてしまって、自分の名前も思い出すことはできない。
「いい子。そうやって私にすべてを委ねなさい。心も身体も、闇の虜になってしまえばいい」
 そうだ、この闇に耽溺していればいい。染まってしまえば、こんなに心地良い場所はない。
「ねぇ、貴女の夢はなに?」
 誰かの声が聞こえる。ゆめ。私の夢。幼い頃に無邪気に語った夢。
 ――わたし、おねえちゃんのおよめさんになりたい!
ただの子供の頃の何も理解していない、約束にもなっていない、ただの妄言じゃないか。
 でも。
 お姉ちゃんを思い出す。綺麗な笑顔、暖かな胸、優しい手。お姉ちゃんはいつだって、いつまでも私の理想のお姉ちゃんで。そうだ。私はそんなお姉ちゃんの、お嫁さんになりたいって、本気で――そう、本気でそう考えたのだ。お姉ちゃんを、私のものにしたいって――。
「いいのよ。欲望に素直になって」
 そして、その言葉が放たれた。
 それは禁忌だ。お姉ちゃんにこんな心を抱くことも、無理矢理自分のものにすることも、本当はいけないことだ。けど――。黒く染まりきったステラヴェールが、形を変えていく。
「私のものになれば、全部、叶えさせてあげる。だから貴女はそのための理想の姿になるの」
 インナーが身体に張り付きレオタードに変わり、ボンデージスーツが身体を締め上げる。ドレスグローブとブーツも光沢を放つ革製に変化して――。
 スレイブドレス・マリアージュノワール。闇によって変異した、私のステラヴェール。漆黒に染まるウェディングドレスが、新しい私の姿。お姉ちゃんを迎えに行くのに相応しい、私の本当の望み、私の本当の心。私の欲望の具現。
「貴女に新しい名前をあげる。ダークネスブライド。闇の花嫁。ニクトフォビアによって顕わにされた、貴女の真の姿よ」
 ――ダークネスブライド。
 ――その名前を頭で反芻する最中、唇に柔らかい何かが触れた。
 ――ああ、くちづけをされているのだ、と。私は身も心もニクトフォビア様のものなのだとそのとき、ようやく理解したのだ。

 6 闇色婚

 今にして思えば、抵抗していた私が愚かだったのだろう。
 以降、私はニクトフォビアの一員として、戦闘員や怪人を強化てきた。闇の力は私に他のステラとも戦える力をくれた。そんな中、懐かしい顔に会わせてあげる。ニクトフォビア様はそう言って笑いながら、アビオフォビア様を護衛に、私を送り出したのだ。なるほど、そこに待っていたのは確かに懐かしい顔で――今も大切なお姉ちゃんと仲間たちだった。
「咲春、ニクトフォビアに何をされたの……!」
「何って――教えてもらっただけですよ?」
 ……闇の力の素晴らしさを。
 そう言いいながら、振るった手から闇を撒き散らす。それは破壊の力となって、周辺を薙ぎ払った。……辺り一面に展開していた車両や自衛隊員が、吹き飛ばされていくのが見える。残ったのは3人のステラだけ。困惑の瞳で私を眺める彼女らの姿が、少しだけ心地良い。
「あら、ずるいわダークネスブライド。貴女だけ楽しむなんて」
 背後から黒い手袋に覆われた腕が伸び、私に絡みついた。突然、それまで傍観に徹していたアビオフォビア様に抱き締められたのだ。
「私にも、少し分けてくれないかしら。……ね?」
 そう言われては逆らえない。アビオフォビア様はそのまま私に顔を寄せてきて――。
――くちびるを重ねた。
 その左薬指に指輪が現れ、アビオフォビア様の御身体から、闇の力が噴出する。人と蝙蝠を模した姿が、瞬く間に四枚羽根となり、腕は4本に増え――人の形を完全に喪失した。
「ああ……アビオフォビア様。――素敵なお姿です」
 これが私の、ダークネスブライドとしての力だ。マーシフルブライトの『強化』の魔法は、私の愛と共に闇の力として最適化された。私に愛された存在は、みな強い闇を身に纏う。私はすべての闇に生きる者の花嫁であり、戦闘員も幹部も、すべてが私の愛しい伴侶なのだ。
「では――アビオフォビア様。殺さない程度にお願いいたしますね」
 アビオフォビア様は3人のステラに向かっていった。無傷で捕らえたいが、そうもいくまい。吹き飛ばされたはずのレジスタンスや自衛隊員たちも戦列に復帰してきているのだ。
「戦力増強が必要ですね」
 そう言った私の側に、戦闘員が駆け寄ってくる。その腕には、レジスタンスの女性が拘束されていた。私は仲間達とアビオフォビア様の戦いをゆっくり眺めながら、彼女に向き直る。
「……ようこそ、ニクトフォビアへ。歓迎いたします、名も知らないひと」
 何か言いかけた女性の身体を抱き寄せ、その唇を奪い取る。そのまま口移しで闇の力を流し込まれた彼女は、一度だけびくんと身体を震わせ――。
 ずるり、と。周囲の宵闇が彼女の身体を覆い尽くす。それは肌の上を這い回りながら、光沢のあるスーツへと代わっていく。
「さあ、これで貴女も仲間です。私の愛しいひと。これからたくさん役に立ってくださいね」
 新たに戦闘員となった女性は私にびしりと敬礼すると、眼下の戦場に飛び込んでいった。

 7 ナイト・ウェディング・ナイト

「準備はできましたか?」
 こっ、とヒールの音を響かせる。部屋に集った戦闘員達が一斉に私に敬礼を返す。視線の先には、椅子に拘束されたストレイシープ、シェリフバレル、シャドウスプリンターがいる。
「……咲春……」
 シェリフバレルがか細い声を上げる。アビオフォビア様に叩きのめされてから、彼女らは最低限だけの手当を受けて、『フィッティングルーム』に拘束されていた。更衣室という意味のそれは、ステラの四肢体幹を拘束し、ステラヴェールと心を闇に染めてしまうマシンだ。私が拘束された椅子は、これの試作型だった。私の成功を皮切りに、ステラの戦力化が可能と判断され研究部によって正式化、量産にまでこぎ着けられたらしい。
「大丈夫ですよ。ステラヴェールを闇に染めることで、心を真っ黒に塗り潰すだけです。怖くなんてありません。また、仲間になりましょうね」
 ぱちん、と指を鳴らして、戦闘員に機械のスイッチをONにさせる。ステラヴェールに繋がれたコードから闇が注ぎ込まれ、3人はそれぞれの悲鳴を上げ始める。
 私はそれを眺めながら、そのうちのひとつへ近づいて――。
「――ふふ、知らなかったなあ。お姉ちゃん、こんなに可愛かったんだ」
「さき……はる、貴女……こん……こんな……」
 改良されたフィッティングルームは、ステラヴェールを無理矢理浸食し、闇を定着させることができる。3対1で手も足も出なかった絶望と、傷つけられた痛みに弱り切った3人の心では、耐えることなどできるはずがなかった。
「あぁ……ああぁ……」
 シェリフバレルとシャドウスプリンターのステラヴェールも、順調に黒に汚染されていく。まるで墨を垂らすように、絵の具を注がれるように。心も身体も真っ黒に染まっていく。
「大丈夫ですよ、お姉ちゃん。闇は受け入れてしまえば、とても心地良いものなんです。はやく――楽になっちゃいましょう?」
 お姉ちゃんの身体はびくびくと跳ねている。きっと必死で抵抗しているのだろう。
 ――そんなこと、無駄なのに。
 フィッティングルームの出力は、これで半分程度だ。全開にしてしまえば、みんな抵抗する余裕もなく堕ちていくだろう。けれど、やらない。みんなをどうするかは、すべて私の手の中だ。私の意思ひとつで、お姉ちゃんたちの心は簡単に蹂躙できてしまう。
 その優越がとても心地よくて。みんなの運命を手中にことがあまりにも気持ちよくて。
 ああ――背中がぞくぞくする。私がちょっと指を動かして、出力を最大にするだけで、残酷にもみんなをメチャクチャにできてしまう。
 けれどみんな、そんなことは知らない。まだ耐えきれば私を取り戻せると思って――必死で頑張っている。それがまるで小動物みたいで、愛おしくて、私はお姉ちゃんへ近づいて。
 その、綺麗な顔に、そっと唇を重ねた。

 8 ドリームハネムーン

「――あら、ダメよ。逃げては」
 ダークステラ・デモンゴーストが黒い翼を広げる。漆黒の修道服がはためくたび、ボンデージスーツが見え隠れしている。次の瞬間、大量の闇がレジスタンスを薙ぎ払った。
「わぁ、お姉ちゃんすごい……」
 モニターに映るのは、かつてストレイシープと呼ばれたステラが闇に染まった姿だ。かつての優しいお姉ちゃんからは想像も出来ない暴力性に、私は身体を震わせた。むろん、喜びに、だ。これで私のところに帰ってきたら、私だけのお姉ちゃんになるのだからたまらない。残虐と従順の背反同居。作り上げた作品の完成度に、思わず声を漏らす。
 同時に、モニター内ではダークステラ・トリガーハッピーが銃弾を撒き散らす。かつてシェリフバレルだった彼女は、多数の戦闘員を従える『ファミリー』を作り上げ、彼女の生み出す銃器で武装させている。さながら現代に蘇った荒野のならず者一家といったところだ。馬の代わりに乗り回すバイクは、私たちの数少ない機動力である。
 ――むろん、2人とも私と伴侶であり、その左環指には、金色の指輪が光っていた。
「ねぇ、サキハル。私も……ネ」
 ダークステラ・ブラッドムーンが私に撓垂れかかる。出撃させて欲しいと言うことだろう。
「カレンさん。ブラッドムーン。私たちがこの移動基地に残った理由、分かってます?」
「でも……」
 彼女らにはニクトフォビアの一員としての洗脳と、私に絶対服従の奴○としての洗脳が施してある。けれど私と友達だった記憶も残っているので、互いの距離は近いままだった。
「……もう、しょうがないなあ」
 かつてシャドウスプリンターだった少女に、ゆっくりとくちづけをする。息を吹き出すように闇を注ぎ込めば、左環指に金色の指輪が現れた。
「デモンゴーストと交代です。前線指揮官は1名は休息して貰いますから」
「サンキュー、マイブライド!」
 瞬間、私に投げキッスを残して、ブラッドムーンは影に溶けてしまう。私だけが、移動基地のブリッジに残された。しかたない。私はここから戦局の把握につとめよう。
「ただいま戻りました、ダークネスブライド」
 気づけば、デモンゴーストが戻っている。そのまま彼女はこちらへ歩いてきて――ゆっくりと私を抱き締めた。
 その左環指。黒い手袋の上から塡められた、金色の指輪を見る。お姉ちゃんが私のものとなった証。私たちがずっと一緒にいるための契約の印だ。私は安心して、お姉ちゃんに身体を預け――唇を重ねる。お姉ちゃんは一瞬驚いたものの、すぐに私のくちづけを受け入れた。
 災いのハネムーン。満を持して発動された、首都圏外への侵攻作戦である。向かう先は西だ。各地のレジスタンスや自衛隊、ステラと戦いながら、少しづつ勢力を広げていく。空はもう黄昏に染まり、私たちの行く手に、太陽が沈もうとしていた。

                             ――END

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