終末セール
その奇妙な店は、いつもあいているのです。誰のために、さあ。
でも、私のためではないようです。
ドアの前に向かい、いち、に、さん。小さく数を数えて、私は深呼吸をします。
カギはかかっていません。私が開けたからです。誰もいません、ええ知っています。
部屋は真っ暗です。電気はついていません。当たり前です。歌でも歌いましょうか?いいえ、やめておきます。いつ帰ってくるかわからないですものね、ええそうです、そうです……なら、心の中で小さく口ずさみましょう。階段を上がる音に合わせて、わん、つー、すりー、私は数えては、歌っています。
階段を上がれば、部屋がわかれています。私の目的地は、階段を上ってすぐです、ドアがあきっぱなしの部屋です。あきっぱなし、というより、ここにはドアがありません、何をするか、わからないから。見張る為に開けているのです。
でも、今は誰もいません。
私は部屋に入り、服を脱ぎ捨てます。白く染まったセーラー服は、そろそろ洗わねばなりません、誰もいないうちに、そうです。
私の部屋――私の部屋です。そう、ここ、今誰もいないこの家の二階、階段を上がってすぐのドアのついていない部屋。ここは私の部屋でした。
私は鏡の前に立ちます。下着姿の女の子が映ります。薄い体です、肌を裂けば、白い骨が顔を出しそうです。どうやら、もうすぐそうなりそうです。
鏡に触れます、おなかに違和感があります。鏡に映る女の子に、私は話しかけます。
「いらっしゃいませ」
私が言いました。妙です。「私たち」は客でも店員でもないのに、妙です。
女の子が笑いました。頭をゆらして笑います。こちらにまで振動が来ます。ぱさぱさ髪が揺れます。
元気にしていますか。女の子は尋ねます。優しい言葉です。
「おかげさまで、元気です」
私は答えます。ささいなやりとりです。心がそっと温かなものに包まれる気がします。
今日はどういったご用件で。
「――そちら側に行かせてください」
そちらがわに行きたいのです。私をそっちのお店に連れて行ってください。女の子は笑ったままです。でも、目から涙がぽろぽろこぼれています。
笑っているのではなくて、歯をくいしばっているのです。女の子も私も。
笑っていないのです、笑っていないのです、でも本当は笑っているのかも――いいえ!
笑っているのです。笑うのです。店員はお客さんのために笑うのです。おきゃくさまはかみさまだから、だから私はお店の人に笑うのです。
私は店員です、この世界の店員です。だから私は笑っています、ずっとずっとわらっています。
私は、本当はお客さんとして生まれてきました。でも、いつのまにか店員です。
どちらでもいいのです、どちらでも私は笑うのです。でも私はこの家に、お客さんとして生まれてきました。そのはずなのに、誰もそれを覚えていません。私はこの世界のこの家の店員です。他はみんなお客さんです。いつのまにか、そうなっていたのです。
私はお客さんに一生懸命サービスします。私はできのわるい店員です。
どこでも同じでした。私とおなじセーラー服を着た人は、店員でありお客さんでもあります。でも、私は店員だけです。店員でしか、ありません。
みんな私をぶちます、お前は出来が悪い店員だと、家の人も、それ以外の所でも。
つらくなんてありません。
けれど、この店を見つけてしまいました。見つけてしまったのです。鏡の向こうの世界、鏡の女の子の住む世界。
鏡と向き合うと現れ――いいえ向き合わない限り、現れない世界です。これは、幸せでしょうか?それとも不幸せでしょうか……
――そっちで働きたいです、私は笑います。
そちらの世界では、店員もお客さんも、肩書きだけでたがいにぶって慰め合う権利があると聞きました。私はこの店では笑います、店員ですから笑います。それでも、それでも本当は本当は、痛くて仕方がないのです。いたくていたくてしかたがなかったと、気づいてしまったのです――――そう何度も笑いながら志望動機を告げるのです。鏡の向こうに開いている店に。
それでも女の子は、笑うだけで首を縦に振ってくれません。
私は鏡を叩きます。お客さんと店員からの折○のあざがあります。私自身、刻み込んだ傷もあります。そっちに行きたくて、そっちで行きたくて、私の手首には無数の赤い線がついています。鏡の向こうに頼んだ回数です。
のどが苦しいんです、痛いのです。
お願いですから、そっちに行かせてください。
どうして、どうして、私はこんな目に――――
そのとき、一階の扉が開く、大きな音がした。
◇◇◇
「――〇月×日午後十八時
△×市の住宅街、女子中学生が遺体で発見されました。遺体には複数の暴行の痕跡が見つかり、頭部打撲が致命傷となったとみられます。日頃から暴力をうけていたとみられ、女子生徒の母親を虐○、殺人の容疑で逮捕しました。」