姫君は、鳥籠の色を問う 序―1

序章 王宮にて

 明くる日の裏に、暮るるものがあれば。
 カルデニェーバ王国にご落胤があると聞こえたのは、後継の王子が不在のまま十五年が過ぎたころであった。先の王太子、王女が国紀四〇五年の戦禍、翌々年四〇七年の流行病にて喪われてから、王は世継ぎを作らんと後宮に多くの妾を囲ったが、生まれず、また生まれても病にて早逝する。これを祟りや神罰かと王宮内ではまことしやかにささやかれ、民草の間にも広がる始末であった。元より神フロルにより加護を受け、神託を政の旨とする巫の国である故に、国体維持さえも危ぶまれ、王はそれまでの盤石な治世時代とは一変、揺らぐ情勢に、頭を悩ませる事となった。
 それ故に、此度の報せが、どれほど国の重鎮たちに波紋を起こしたかは想像に難くなかった。

「真の情報であろうか」
「謀りではないか」

 何分、王が潔癖であるなればよかったのであるが、後継を作るために女は皆王へ……という勢いだったのである。しかし、女が子を抱き逃げたという話もない。となれば、本当に一夜限りなれども、という関係か、始めの頃に作りおいた子であろう……というのも、後継喪いし後は、関係を持った女はすべて後宮に押しとどめおいているからなので、それが、また財政を圧迫させているという、悪循環も起こしているのであるが……ともあれ会議はそのような結論に至った。しかし、それほど以前の御子であれば何故今になっての発覚か、という話なのである。我らは血眼になり後継を探したではないか。なにやら策略あってのことなのかもしれぬと。
   果ては、先の跡目争いの火種のことまで引き合いに出しての論争になり、王宮にて重臣たちは日夜議論を繰り広げ、ろうそくの火が消えることはなく、側仕えのものたちはろうそくの油を足す動きを繰り返したのである。
 しかし結局、結論が「本当の子かも知れぬ」という推論に傾いたのは、逼迫する財政の問題もあり、また王が

「何人と関係を持ったなど知れぬ。お前たちがすべて差配したのではないか」

 と、関係を探られ続けることに根を上げたことも多分にあろう。しかしもっともは、結局は国体の維持の為である。国の維持の為には、どうしてもフロルの加護を受けし王の血を引いた世継ぎがほしいのである。巫の国にとって。
 ということで、会議が連夜の労苦を

「ひとまず今一度使いを送り、話を聞き、そうして真あるならば会ってみよう」

 と雑なまとめ方をしたのも、ある種、仕方のないことでもあった。
 しかし、帰ってきた使いの者がもたらしたのは、全く予想外の情報であった。

 カルデニェーバ王国の辺境には、ネヴァエスタと呼ばれる森がある。この森を越えれば海へとつながる、まさしく辺境であり、またこの森自体が、ひとたび入れば出られぬという曰くつきの森である為に誰も寄りつかず、兵士も森の入り口の付近の村につけておくくらいの、とにかく人の寄りつかぬ場所であった。

「あの森に入って生きているものは、魔の生くらいである」

 と言われるその森に、件のご落胤がいるという情報を聞いた時は、一同、呆れかえってしまった。カルデニェーバ王国はフロル神の加護を受ける国故に、神通力など、人智を越えた力の存在に対して疑問を抱かない。時に手厚く保護し、王宮の神官に引き立てる時すらある。一方で激しい弾圧も行う。信じているとはそういう事である。そうして、あの森に対しては、まったく後者の方であった。

「いったい使いの者は何をしていたのか」

 大臣の怒りの声に再度、調査へ向かった使者と、また供に連れてこられた辺境の村の長は震え上がった。はじめの報せから森の近くのその村に、ご落胤がおわすのであろうばかりと皆、思っていたのである。此度の話の起こりが己の村である以外に何の咎のない村長は、しかし初めて受ける雲上人らの重圧に、今にも倒れんばかりであった。
 とんだがせであった。あんなところにいるはずがあるまい、ともはや眉唾の話にこだわってもいられぬが、しかし、村長がほんのわずかにでも己達に期待を持たせたことは許し難い。なんぞ八つ当たりでもしよう、とそう思うのもいたしかたないという広間の空気が溢れたおりに、

「それでも一度、使いをやり、会ってみては如何か」

 と言ったのは、若き宰相である。王と長らく苦楽を共にした前宰相は、流行病にて世を去った。失意の内に、王は宰相の息子に「面影あり」として、傍らにおいているのである。
 何を馬鹿なという老臣、重臣たちに対し、宰相は居丈高に言い切った。

「国において、大切なのは王です。国の為に今すべき事は王の為に今すべき事は何です」

 顎をついとあげて言い放つ様は、まったく異論を許さぬ気配。王の傍に控えているとなれば尚更である。王の威を借りる風情に、ぐっと重臣達は黙り込む。王は宰相に頷いた。

「うむ。余もひとまず、顔だけでも、その存在が「確か」であるかだけでも確かめたく思う」

 王の意見が自分に寄ったとみても、気にせぬという風にツと目を伏せるその様。しかし王が頷いたからには、王の意である。

(憎らしいことよ)

 元より名門貴族とはいえ、庶子上がりの前宰相である。他の名門貴族の重臣達は、面白からず、思うところがあった。ここにきて、子にまで大きな顔をされるとは。
 まして、長年宰相の地位を預かっていたもうひとつの血筋であるレヴ家の当主、ギルムットは、あの傍らの小僧が忌々しくてならなかった。世が世なら、このギルムットが、あの地位にいたのだ。
 レヴ家は、ギルムットの兄以降、貶遷された身で、しかし此度の凶報続き故に、一人でも多くの知恵役として、この度復権し、呼ばれ立てしたのである。王の側近は次々と倒れた故、いたしかたなしということであった。
 しかし、尊敬する我が兄はもう死んでしまった。おしもおされぬ一族であったというのに、くだらぬ謀略に陥れられ、自分は名誉の回復もままならず。どんな名君も、周囲の人間で変わると言うが、そもそも仕えるべき「王」も、仕えるべきはずの「人々」ももはやいないのである。
 しかしレヴ家を復権し、王都に戻ってきたギルムットは、王家に忠誠を捧ぎ仕えるものとして、この問いをどうにかせねばならない。その姿亡びるときまで。
 此度の騒動の大元であるご落胤と聞こえし者、

「レヴ家のものが迎えよ」

 との詔は、ギルムットにとって吉兆であるか、はたして神のみぞ知るところなり。
 

一話 ネヴァエスタの森

 森の奥にて、音曲弾くものありて。入ったら最後、でられぬという曰くの森にて、切り株に腰掛け、リュウテを弾く者あり。さて、それは魔性の者というと、実はそうなのである、とその者は答える。

「と、いうのも嘘なのだけれど。だって僕は人間だもの」

 しかし、この森がひとたび入れば出られぬのは、自分のせいだと言う。けむに巻くことを楽しんでいるらしく、それらの言葉、特に意図はないと言った様子で告げて、それ以上は話さぬのが、その者の常である。

「シルヴァス。つまり、どういうことなの」
「物わかりが悪いね、ラル。僕が話さないということは、お前、わかっているだろうに」

 何度このやりとりを繰り返したの、シルヴァスに呆れたようにかわされて、ラルは頬を膨らませた。ばら色の頬に、黄金の毛先がふわりとかすめた。

「わかってるわ。だから知りたいと言ってるんじゃないの」

 唇をとがらせる少女に、シルヴァスは肩をすくめた。すいと髪に挿している緑色に光る細い木の枝を抜いた。さらりと長い髪が揺れ落ちた。緑の長髪はウェーブがかかっている。奥地の川の流れのようで綺麗だとラルはいつも思っている。そう言うと、いつも微妙な顔をするのだけれど。
 緑の枝には、小指の爪ほどの大きさの花の蕾がついている。うすい桃色に、先が濃い赤になっていて、いつだって開きそうな花の蕾を、ラルはいつももどかしいような心地で見とれる。これをシルヴァスが髪に挿し始めたのはいつからであろうか。ふと気になって思い出そうとするが、おぼろがかってわからなかった。

「これ」

 シルヴァスの声と、その枝が軽くラルの頭を叩くのは同時だった。音も立たないやさしさで、ただ香りだけが残った。

「シルヴァス、その花はいつ開くの?」
「話を聞きなさい。全くお前はすなおだが、子供で気がいつでも自由に飛ぶのが考えものだね」

 先の質問なんてなかったように、尋ねてくるラルにシルヴァスは呆れながらも笑った。それはあたたかな笑いだった。

「ラルはもう大人よ」
「そういうところが、子供だというんだよ、お嬢ちゃん」

 そうしてラルがすねてみせて終わる、それがいつもの二人のやりとりである。しかし今日、シルヴァスは「いずれお前にもわかるときがくる」と付け足した。それはいつものやりとりではなかった。ラルは、意外そうに、きょとんとした。続きがくるなど思ってもいなかったのである。

「シルヴァス?」
「かわいいラル、ぼくのおじょうさん、いつまでだって子供だけれど、それでも時はくるものね。お前の時がいつ来るかなんて、考えたけれど、わからなかった。けれど、きっと来る、それだけは僕もわかっているんだよ」

 シルヴァスは、ラルに話しているようで、ラルには話していない。大きなひとりごとを話している、そんな風な話し方だった。そうして遠くを見るように思索に耽って、それきり黙り込んでしまった。ラルは日常に取り残され、困惑気に見ていたが、シルヴァスの静かな顔を見ていると、だんだんと不安になってきた。
 二人とも、しばらく黙っていた。シルヴァスがいつものように笑ってはくれぬかと思った。でもそれはかなわなかった。

「シルヴァス」

 シルヴァスがラルを見る。穏やかな目だった。いつだって、シルヴァスはラルを優しい目で見る。けれど、この穏やかさは、ラルの知らない穏やかさだった。そしてシルヴァスはラルの髪をなでた。シルヴァスは、ラルの黄金の髪をいたく気に入っていた。日の光も月の光もささないこの森の中、ラルの髪は明るくて、気分が沈むのを防ぐのだと言う。ラルもシルヴァスの髪が好きだから、そういうものかと思っていた。ラルは、自分の髪の色や姿というものの好悪が、よくわからないのだ。水鏡も、あまり使ったことがない。シルヴァスが映してくれる水鏡を、のぞき込むくらいだ。けれど、シルヴァスのことは、言の光に照らされる葉や水のせせらぎの、リュウテの音のようできれいだと思う。だから、それでいいのだと思っていた。

「少し眠るよ」

 ラルの目元にシルヴァスが唇を寄せた。ラルはいつもの癖で、とっさに目をつむってしまう。目を開いた時には、シルヴァスの姿はなかった。腰掛けていたところに、リュウテがぽつんと残っている。
 シルヴァスはどうしてしまったのだろう? ラルは心配になる。いつでも眠そうで、けだるげなシルヴァス、彼が眠ることに対して違和感はないが、ラルに不安な気持ちを残し去ることは今までなかった、はぐらかしには慣れている。けれど、こんな風に謎を残されたことはなかった。

「どうしたのかな」

 きっと何でもないと思うことにした。けれどそれは難しかった。ひとまず、シルヴァスが起きてきたときの為に、食事を作っておこうと思った。黄色のジュースは、シルヴァスの好きなものだから、きっと喜んでくれるだろう、そう考えて、ラルは自分の棲み家からバスケットを持って、出かけることにした。小さな棲み家、そこはラルの世界である。棲み家だけじゃない、バスケット、衣――なにもかもシルヴァスがすべて与えてくれた。


ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
気にいっていただけましたら、フォローお願いします(^^)

Monthly Archive

Search by Exclusive Perks

Search Articles