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2億の家 Feb/19/2024 01:06

「2億の家」 〜浮気とは〜

 その日、どれだけ時間が経ってくれても、佳子のドキドキは止まらなかった。
心臓がおかしなくらい速くて、手が震える。呼吸が早い。

「終わった・・・」

 両親の大反対を押し切って一緒になったのは、二人の愛が絶対的なものだから、と思っていたけれど、そんな想いも知らないところで裏切られていたんだ、そう思うと人生が、毎日が、終わったという思いに包まれた。

「浮気って、される側ってこんなに辛いものなんだ」
「浮気って、されるとこんなにショックなんだ」
「浮気って、されるとこんなにどん底に突き落とされるんだ」
「浮気って、こんな裏切りが、許されるの?」
「浮気って、なんで?」

「浮気って・・・」「浮気って・・・」

その後に続く言葉はどれも似通ったものだけれど、ひっきりなしに浮気のことが頭と心と体と時間と、全てにぐるぐると巡り、他のことは手につかなくなる。悲しいのか、怒りなのか、そしてこの感情がパートナーに対してなのか、浮気相手の女に向けてのものなのか、整理も出来ないくらい、佳子はどん底にいた。

 佳子はこれまで、二股を掛けたことが一度もなかった。人生で割と多くの男性と付き合ってきたけれど、一度もない。
付き合った相手との別れのパターンはいつも、佳子から別れを切り出していたし、他に好きな人が出来たから別れたい、気持ちがなくなったから別れたい、のどちらかで、新しい恋をしたいと思った時点でそれまでの彼と同じ空気を吸うのさえ勘弁してほしいというくらい、嘘もつけなければハッキリ白黒つけたい性格だった。
だからこそ、パートナーの浮気も自分と同じように、パートナーがその真純という女とやっていきたいんだと思った。


 佳子は真っ二つに切り裂かれる思いを抱えたまま、幼稚園のお迎えに向かうため、起き上がり、メイクを少しして、髪を整え、紺色のワンピースと黒のバレエシューズを履いてなんとか外に出た。

 自転車を漕ぐ度、一漕ぎ、ひと漕ぎ、涙が出た。いつもの道を俯いて漕いだ。坂を上ると、幼稚園が見えてきた。細い道の先に、全身紺色のママたちがぼんやり目に入った。

 泣き顔ではいけない。佳子は自分で微笑もうとした。

 だめだ、一瞬も持たない。

 泣き止んで、私。笑って。笑って。

 佳子は深呼吸して、空を見た。

 娘も帰ってくるのだから、笑顔で迎えなきゃ。

 佳子は自転車置き場に自転車を停めた。なるべく他の自転車から離れたところに、他のママたちに今泣き顔を見られては。そんな思いで自転車を停めた。

 門のところのママたちがきちんと並んでいた。

 佳子は俯き加減で、お辞儀を数回しながら挨拶をし、一番後ろの陰になった。

 誰も話し掛けないで、お願い。口を開こうとしたら、きっと泣いてしまう。

 身を隠すように陰で待っていると、子供達が並んで出てきた。娘の綾は笑顔で手を振ってくる。

 佳子は、微笑み返し、小さく手を振った。

 ごめんね、ごめんね、どうしよう、ごめんね、綾。ママ、大丈夫かな、今日。
 我が家、大丈夫かな、今日。

 佳子に飛び込んできた娘がいつも通りで、それさえも佳子には痛かった。

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2億の家 Feb/17/2024 01:36

「2億の家」 〜女〜

〜女〜


 最初にパートナーの不倫に気付いたのは、2019年秋の終わりのことだった。


 信じたくもない現実。信じられない現実。不倫を知った瞬間から、佳子の鼓動はおかしいくらい速くなった。

 手が震えた。

 目を開けていられなかった。息をしているのかしていないのか、そんなことも分からないくらい息苦しさが襲ってきた。

「うそでしょ…」

「いやだ…」

「やめてよ、本当なの?」

「いやだ。やだ、やだ…」


 頭に竜巻のようによく分からない言葉たちが回転した。頭も心もパニックになった。

  自分の知らないところで、自分の横で悪びれる様子もなく笑っていたパートナーは、他の女性と恋していたのか?

いつから? これは彼の裏の顔?裏… 裏じゃなくて、これがパートナーの表の顔?



一気に佳子の中でバラバラと全てのものが崩れ落ちた。


どうしよう・・・と震えながら、どうしたらいいかなんて分からない。

ショックすぎて、自分の人生でこんなことが起こるなんて、想像していなかった。いゃ、なんで想像しなかったのか。
それは、佳子がパートナーを信じすぎていたからだ。

彼ほど好きな人はこれまでも今までもいない、彼は自分の人生で初めて会う最高のパートナーで、一生一緒にいたい、彼についていきたい、世界の基準が彼だった、毎日好きすぎてたまらなかった。彼も同じ気持ちだと、信じて疑わなかった。





 パートナーと不倫女は、どんどんと不倫に落ちていった。


 佳子は苦痛の毎日を過ごした。

 毎日胸が締め付けられ、寝ても覚めても胸が痛んだ。胸が痛んで眠れなかった。

 料理をしていても、一歩外に出て、玄関からエレベーターホールまでの短い距離も、エレベーターが来るまでのわずかな時間も、立っているだけでも、座っているだけでも何をしていても、胸が痛くて重くて、歩くごとに涙が落ちそうだった。


 それまでの幸せだと思っていた日々から、一気にどん底に突き落とされた。


 誰だ、この真純って女は。。。


 

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2億の家 Feb/16/2024 02:25

「2億の家」 〜ヨーグルト〜

〜ヨーグルト〜

 朝、佳子は5時すぎに起きる。佳子は朝1時間半ほどキッチンに立って、まず娘の朝食、そしてパートナーの朝食を続けて作る。テーブルの上に佳子のお箸置きはない。

 娘の食事の支度は、前より何でも食べれるようになった為、偏食気味ではあるものの、作るのもずいぶん楽になった。
キッチンに立って1時間ほど経った頃、豆を挽き、コーヒーを落とし始める。
娘の食事をテーブルに運びながら、次にパートナーの食事に取り掛かる。
コーヒーを落としつつ、冷蔵庫からヨーグルト〈脂質0〉を取り出し、丸いガラスボールにたっぷりと入れる。

カウンター越しに、娘と会話をしながら、淡々と作業する。

 包丁を取り出し、シンクの前で娘と目を合わせ、にっこりとした顔で話しながらシンクのフチを包丁でなぞる。蓋を開けておいたブルーベリーソース果肉入りを表面にスッとかぶせる。
今度はバナナを取り出し、約5センチほどカットし、それを薄めにスライスして綺麗に乗せればバナナヨーグルト、ブルーベリーソース掛けが完成する。

 3、4人分のコーヒーが、いつの間にかピーっピーっと音を鳴らし、保温ランプが今日もオレンジ色にともる。今日もいつになったらキッチンから出れるのだろうか。

 包丁をしっかり洗い、もう5センチ程バナナをカットし、娘のデザート皿に入れて出す。かわいいピックが刺さったバナナを見て、娘も喜んでいる。こういう瞬間、ふと佳子の笑顔もゆるむ。

 のんびり起きてきたパートナーがリビングに来た。

「おはよう」
と娘に挨拶をする。


 娘溺愛のパートナー。いいとこ取りの典型パパ。娘に怒ることが出来ない。

彼は挨拶の返しがいい加減だと、朝から不機嫌になり、朝、娘の挨拶がいい加減だった、と夜仕事から帰ってきてからでも、ウダウダとしつこく責めてくることも多い。

そういうところが佳子は大嫌いだ。

 娘に続いて「おはよう」と佳子もパートナーに朝の挨拶をする。
返事が返ってくる時もあれば、佳子の「おはよう」が、リビングの空間に薄く溶けて蒸発する日もある。

こんなこと大したことじゃない。

 ただ、佳子がちょっとでも返事しないと、あるいはただ聞こえなかっただけだろうけれど、それもで返事をするまで

「ね」「ねえ」「ねぇ?人の話し聞いてる?返事もしないで」

というパートナーのことも佳子は大嫌いだ。



 パートナーがカウンターの前に寝ぼけた顔でやってきて、

「水」

と言う。


 佳子はグラスに大量の水を注いでカウンターに出した。

「水」とぶっきらぼうに言われる前に水を出して、

「水」

と言われないようにしたいのに、パートナーの和朝食の品数と、席につくタイミングで魚を焼き上げること、お味噌汁は煮詰めず、R-1は最後に出す・・・とそんな細かい日課に目が回って、毎回

「水!」

を入れるタイミングを逃す。




 カウンターを挟んで目の前にいるパートナーが、グルタミンをスプーンに山盛りすくって、飲もうとしている。
グルタミンの粉を大量に乗せたスプーンが口につかないように、天井を向いてこれでもかと大口を開け、グルタミンの粉を流しこむのだけれど、口に入り損ねたグルタミンの白い粉がパートナーの寝起きのヨレたパジャマにかかり、そしてそのままフローリングに落ちていく。佳子は目を背ける。
カウンターと床に落ちた白い粉。いつも見ている光景だから見なくても想像がつく。


 彼が落としたグルタミンの粉を拭くわけも、気にするわけもなく、特大のコップの水を一気飲みし、飲み切った後に「んハ〜っ」と一声上げて、コップを無造作に置き、ドカンとソファーに身を投げる。
そして片足をテーブルに乗せ、髭を剃り出す。


 半分まだ寝ているような締まりのない顔と、グルタミンの粉で白く汚れたパジャマ、ズボンも半分脱げかけているような寝起きの男が、髭を剃る姿。

 どの家庭でも、男は誰もがこんな感じなのかと聴きたくなる程、髭を剃るパートナーの姿がひどくて見ていられない。

 佳子はそれが視界に入らないように、サラダボールに3種のリーフ、パプリカ、きゅうり、トマト、ハム、パクチー、アーモンドスライス、少量のドレッシングをかけ、パートナーの席に運ぶ。


 髭を剃り、しばらくニュースを見てからパートナーが洗面所に移動する。
洗顔や髪を整え出す。そこから約20分ほどすると、ネクタイをしめた姿で席につき、和定食を食べ出すパートナー。

 大量のサラダに、焼きたての魚半身、副菜を食べ、納豆、白米に手をつけたところで、お味噌汁を温め、テーブルに運ぶ。

 娘のお着替えを手伝いながら、時々パートナーの食事の様子に目をやる。

 幼稚園のお弁当をカバンにいれ、水筒にお茶を入れにいく。キッチンに行くとちょうどヨーグルトに〈グラノーラ大豆入り〉をたっぷりかけ出した。
ボリボリとグラノーラを食べる音も聞きながら、コーヒーを入れ、片手には娘の水筒を持ちキッチンを出る。

 コーヒーはブラックなのでカップの持ち手は左に向けず、右に向けて出して。と昔から言われているのでその通りに持ち手を右に回して出す。

 バタバタと朝の支度を続ける佳子。

 グラノーラを砕く音がまだ聞こえる。

 チラっとその姿を確認する。バナナ入り、グラノーラ入り、ブルーべルーソース味のヨーグルトを食べ、コーヒーを飲んでいる。



あのヨーグルト、

 美味しいのだろうか?



佳子は自分の食事も取れないまま、娘を幼稚園に送るため、家を出た。

明日も明後日も、この朝食作りが続くのか。

この生活をやめてしまえたらどんなに楽か。

迷いが佳子を包み、俯いてしまう。

あえて、まだ今は続けてみることにした。




あのヨーグルトも作りたいし。


佳子は、自転車のペダルを漕ぎ出した。

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