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【無料公開】隔日連載小説α版『四五アフター・四五編』1

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「――昔の修二に、戻ったね」



「――子供の頃、いつもわたしの前を歩いてくれてた、あの修二だ」


「――わたしは、ずっとあなたについていくよ。修二」

   ×   ×   ×

 二〇四六年の世界は、おれたちのいた二〇一七年よりも十年は遅れていた。服の素材は見慣れたものだし携帯電話もある。だがWi-Fiはないし、スマートフォンもまだ普及していない。テンブリッジの噴水広場の時計台を見上げた。この建物は一六八七年から変わらない。四五の手を握ったまま長針を見つめていると、がたりと音を立てて一分進んだ。この世界の時間がまた刻まれた。
「もうすぐ、日が暮れるね」
 四五が呟き、自分の腕をさすった。風は冷たい。気温も下がってきている。
「足は痛まない?」
 四五はおれの左足を見下ろし、優しく触れながら言った。ロバート・フックに撃たれた足だ。目覚めたときにはもう傷口を縫った糸の抜糸も済んでいた。
「治りかけで痒いだけだ、痛みはないよ」
「よかった」
 四五が視線を上げた。目が合うと四五は穏やかに微笑んだ。ニュートンの名は知られず、アインシュタインは第二次世界大戦で命を落とした世界。おれたちの家族が生きているかどうかもわからない。ここまで世界が変わっているなら両親がそれぞれ別の相手と結婚していることだってじゅうぶんに考えられる。今、おれたちはお互いにとって、自分という人間を知っている唯一の相手なんだ。その相手が四五でよかったと思う。おれは四五の手に自分の手を重ねた。
「冷えてきたな」
「はい」
「そろそろ病院に戻ったほうがいいのかな。入院してたんだよな、おれ」
 そう言うと、四五は黙ったままゆっくりと目を泳がせた。
「どうした?」
「修二、わたしたち――お金を持ってない。パスポートもないし、身分証もない」
 おれは茫然と四五を見つめた。
「……わたしたちがいた二〇一七年だったら日本大使館に行って、日本に送還されるんだと思うけど――」
「……そうか、日本に帰ったところでおれたち、戸籍もなにもないのか」
 四五がうなずく。
「それ以前に……この世界で日本とイギリスがどういう関係なのかもわからない。修二の言うとおりわたしたちが日本人だと証明することもできないし――今日本に帰国させられたり、大使館から出られなくなったりしたら――」
 四五の言わんとしていることは、おれにもすぐわかった。
「タイムマシン」
 四五がうなずく。
「わたしたちは、あの装置の基礎理論を知らない。既にあるものを修理するならまだしも、ゼロから作るのは絶望的だよ。何十年かかるかわからない」
 タイムマシンはたぶん、今でもテンブリッジ大学のあの地下にある。修一郎から託されたタイムマシンは銀色のスーツケースに入れて持ち運びができるようになっていた。誰かに見つかる前に回収しないといけない。
「寝床を探す前に回収しておこう」
 おれはそう言って立ち上がった。

 この時代のテンブリッジ大学にも十の橋が架けてあった。アイザック・ニュートンの正体である天才少女、アリス・ベッドフォードが万有引力の法則を思いつくはずだった、世界一有名な林檎の樹がはえていた場所。おれたちはその場所を、林檎の樹の丘と呼んでいた。一七世紀のテンブリッジ大学では、その場所にくる人はほとんどいなかった。だからアリスは考えごとをするときにその場所を好んで使っていた。第三ブリッジと呼ばれる橋を渡るとその林檎の樹の丘がすぐに見えてくる。
 テンブリッジの門には警備員が一人立っていた。日が高いうちはさすがに目につきそうだ。日が暮れるのを待った。薄暗くなってから、警備員は門を閉じてどこかに去っていった。おれたちは閉じた門をよじのぼってテンブリッジ大学の中に入った。本気で侵入者を想定している門ではなく、気休め程度のセキュリティだった。

 この二〇四六年の世界でも、林檎の樹の丘は人気がないらしい。ニュートンの林檎の逸話がなくなった今、観光地としての機能は完全に失われている。軽く身を屈めて、おれたちは地下ドームに繋がる鉄扉を開いた。
 二つの瞳が、おれをまっすぐ見上げていた。
 おれは言葉を失い、呼吸を忘れ、身動きがとれなくなった。
「修二……?」
 四五も地下ドームを覗きこんだ。中の瞳が四五に向く。
「……人がいる」四五が平坦な声でそうつぶやいた。あぁ、人か。思考がゆっくりと戻ってきた。確かに、地下ドームの中に人がいる。黒縁の大きな眼鏡をかけた女性だ。腰まである髪の毛はぴょこぴょこと外側にはねている。くせっ毛なんだろう。黒いタートルネックのセーターに、下はブルージーンズをはいている。見た目よりも動きやすさを重視しているのが、格好からすぐにわかった。余談だが、胸の膨らみは四五に匹敵するかそれ以上だ。春さんを彷彿させる美しい曲線を、黒いタートルネックのセーターが描いている。そもそも黒いタートルネックのセーターというチョイスがまたいい。胸部の膨らみが、実によく映える。ああいう美しい乳房のために黒いタートルネックのセーターはこの世界に存在しているのかもしれない。いや、そうに違いない。
 ――何秒経っただろうか。地下の女性はまばたきもせずにおれたちを見上げつづけている。気付くとその口元に笑みが浮かんでいた。唇をぴたりと閉じたままにんまりと微笑んでいる。やがてその口がゆっくり開いた。
「やっぱり違和感ありますよねっ!? おかしいですよねっ!?」
 女性はそう言った。大人しそうな見た目に反して声は子供のように楽しげだった。目が爛々と輝いている。おれは四五と目を合わせた。無表情だった。緊張しているときの四五の顔だ。おれはゆっくりと地下の女性に視線を戻した。
「なにが、おかしいんですか」
 女性の目が大きく開いていった。
「テンブリッジの科学史に決まってるじゃないですかっ!」

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