『ルマニア戦記』‐Lumania War Record ‐　#001

　エピソード１　テイク１　パートA

「……っ！」

　途端に鼻先の突き出た大きな口元、ムッとへの字口にして殺気立つオオカミだ。
　おまけにチッと舌打ちなんかして、どこかしらよそへとこの視線を向ける。
　まるで我関せずの態度で素知らぬそぶりだが、やがて入り口にのっそりと現れたでかい人影はそんなことまるでお構いなしにズカズカと中に入り込んでは、でかくて平たい大口開けて陽気にのたまうのだった。

「ふっふふ～ん♪　おっ、おっはよう、シーサー！　なんだい今日はまたずいぶんと早起きじゃないか？　まあかく言うぼくもそうなんだけど、やっぱり待ち遠しいもんだよな？　ようやく本国から送られてきた、ぼくらの専用の実験機がお披露目されるんだからさ！　おかげで昨日はなかなか寝付けなかったよ♡」

「……っ！」

　馴れ馴れしいことすぐ真横につけての挨拶にあっても、明らかに不機嫌ヅラしたオオカミ男は舌打ち混じりにそっぽを向いてくれる。対してお互いに隣り合わせのロッカーなのだから横に付けるのはもはや当然！　この相棒の素っ気ない態度も当たり前ですっかり慣れきった見てくれどでかい図体のクマだ。
　構わずにみずからのロッカーを開けると、そこにあったものを見るなりなおさらにこのテンションがぶち上がる！

「わお！　これって新品のスーツじゃないか！？　はるばる本国からやって来たアーマーと一緒に支給されてたんだ？　ちゃんとしたぼくらルマニア正規軍のパイロットスーツ！！」

　また横で低い舌打ちめいたものが聞こえる。だがそんなものまっく気にならないさまで太い両腕でむんずとつかみ上げた新品の軍用スーツ、これを鼻先でしげしげと眺め回しては喜々としたさまで小躍りするそれはご機嫌な大柄クマ人間だった。

「あっはは、コレコレ！　地味でいかつい全身モスグリーン！！　やっぱりコレじゃないと立派なルマニアの軍人さんとは言えないもんな？　正直、いつまであんなまっちろくて窮屈なテスパスーツを着させられるのかってうんざりしてたんだけど、あの汗臭いオンボロともめでたく今日でおさらばだよ！！　もうどこにも見当たらないし？　それじゃ早速、試着しないと！　あ、でもサイズが違ってたら交換とか効くのかな？」

「たくっ、知らねーよ！　つーか、ぶくぶくと太った汗っかきなでかグマなら、何を着たって変わらねーだろうが？　くだらねえ文句は本国のヤツらに言いやがれっ……」

　しごく面倒くさげな言いように、ちょっとだけ苦笑いのクマ族の青年は顔の真ん中にでん！とあぐらをかいた黒くて大きな鼻頭をことさらに膨らませて、おまけはいはい！と肩をすくめても見せる。
　何かと神経が図太くてお気楽な楽観主義者は他人から何を言われてもめげないのが生まれつきの性分であり、特技でもあった。

「そんなにおデブさんでもありゃしないさ！　汗っかきなのは認めるけど？　それよりも試着試着っと……！！」

「うぜえなっ、てか、もうちょっと離れてやれよ！　でかい図体で肘打ちなんて食らわされたらたまったもんじゃありゃしねえ！　ん、良く見りゃそのスーツのサイズも、それって一体何Lなんだよ？？　バケモンめっ……」

　さっさとくたびれたランニングを脱ぎ捨てて新品でまだ固い厚地のスーツと格闘をはじめる相棒に、大口開けて文句をがなるオオカミ族のパイロットも仕方なしにみずからのハンガーに吊されたスーツに向き直る。
　通気性が絶望的に悪かった以前のテストパイロット用と見比べるに、こちらはそう悪くもないだろうと下着姿のままで着用することにする。
　その間も隣であくせくと悪戦苦闘しているらしいクマを横目で見やるに、あちらはパンツまで脱ぎ捨てた状態なのに目つきがなおのこと白けたものになるオオカミ族だった。

「おいおいっ、いきなりマッパで着るのかよ？　せっかくの新品のスーツが台無しになっちまうんじゃねえのか！？　換えなんてそうそう効かないんだから、もっと大事に扱えっての！！」

　もはや口からキバをむき出してクレームがすさまじい相棒に、とことん太平楽なクマは親しげなウィンクかましていたって余裕の口ぶりだ。

「いいんだよ♪　そんなの気にしてる場合じゃないし、ちゃんとそっち向きのスタッフも付いてることだしさ♡　そうとも、ぼくら表向きは実験機の試験運用目的だったのがどさくさで実戦配備に回されて、今じゃもうじき正式な配属先が決定するって話じゃないか？　ええっと、なんて言ったっけ？？　こことはまた別の大陸西岸の属州で極秘裏に開発されてるって、もっぱら噂のルマニア軍最新鋭の大型新造戦艦！！」

「チッ、どうにもお気楽なこったな！　ついさっき組み上がったばかりの実験機でいきなり実戦なんてな、およそ正気の沙汰じゃありゃしねえだろうが？　ま、このオレさまとしては手っ取り早くてむしろ望むところだが、スーツと違って一点モノの機体は壊しちまったら目も当てられないぜ？　あの機械小僧が大泣きするだろ！　極秘裏に開発って巡洋艦もどこまで期待ができることやら？　そもそもがここまで噂が流れてるってあたり、どこらへんが秘密裏なんだよ？？」

「文句が多いな！　さっさと着ちゃいなよ、あんまり神経質な性格はシビアな戦場じゃいざって時の判断を鈍らせるだろう？　それよりもとっととぼくらの新しいパートナーに会いに行こう！　夜中に運び込まれた機体の最終点検、おやっさんたちが夜通しやってくれてたんだ。その労もねぎらってのお披露目で、この格納庫の前に集合なんだってさ……あ、ほら見なよ、ピッタリだ！　あっはは！！」

「へっ、オレだってピッタリだよ！　お披露目たってすぐに緊急発進だ！　浮かれてやがるヒマはないぜ？」

「ああ、ま、朝っぱらからサイレンずっと鳴りっぱなしだったもんな？　今いるのは遠征から戻ってきた１番隊と補助のヤツらだけで、あとはもうみんなして仲良くオシャカなんだっけ？　ならぼくらが出るしかないよな♡　ふふん、ちょっとワクワクしてきたよ！」

「遊びじゃねえだろ！　もっとシャキっとしやがれよ！！　まだ寝ぼけてやがるんなら先に行ってるぜ！」

「ああん、待ちなよ！　ほんとにせっかちだよな♡　そんなんで戦場突っ走って結果、迷子なんかになっても知らないよ？」

「やかましいぜっ！！」

　いざ戦支度を整えて、我らが戦場に向かわんとするデコボコの新人パイロットコンビだった。

　かくしてこれより長く激しい戦いの歴史がはじまる……！

　次回、#002へ……！