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エローン大君

「好き・嫌い」と「良い・悪い」は違う ゲームの感想・コメントに対する私のスタンス


匿名掲示板で見た「嫌いはいくらでも見つかる だから好きは尊いんだ」という言葉が胸に刺さってまして。
いや、実のところこの文面書き込んだの私なんですけど、ふと漏らした言葉が自分の心の奥底からの叫びだってことに気付いて、ハッとなったんですよね。
ただでさえ検索エンジンで検索、好きな情報があるサイトにしか行かないことが多いところに、SNSがもたらしたのは「共感」を加速させるものでした。

「共感を得るための内輪向けな気持ちを、全世界に向かって発信している」っていう歪な状態、まさに大共感時代なんですけど、声が大きければ大きいほど良い大叫喚時代ってのは匿名時代と変わらないんですよね。
アニメでもゲームでも何にでも置き換えていいんですけど、「この〇〇嫌い!」ってのは凄く気軽に書けるし腐るほど出会います。
SNS特有の共感パワーがあるので難しいんですが、他人の「嫌い」を自分の「嫌い」とはき違えてしまわぬようにして、自分の「好き」が見つかったらきちんとギュっと抱きしめることを常に肝に銘じることが重要だなぁと感じる昨今です。
アンチがやたらと多い作品とか、何かファン同士でウンコ投げ合ってる作品とか、言及するどころか作品に触れるのすら若干億劫になったりするじゃない?
そこで触れないと「好き」は永遠に見つからないように思える。ウゲーッ!ってなること多いけども。

あと、どんな作品でもささいな自分の望みとは違う部分があるので、望みとほぼほぼぴったりと合う作品は本当に大事にしないといけない。尊いんです。
ただ、そういう作品に対する「好き」を発信するのは未だに超苦手だったりするんですけどね……。言葉にするとどうしても陳腐化しちゃうというか。
もう色々とロマンチックな感じになっちゃってる「好き」を表すのってムズイよネ。



と、何か急なお気持ち表明みたいな文章から始まりましたが、ゲーム雑談です。
このカテゴリ使うと、どうしても緊張しちゃうのでライトにライトに、どうでもいい話を。

先ほど散々「好き・嫌い」って言葉を使ってきましたけど、当たり前の話として「好き・嫌い」と「良い・悪い」って違うんですよね。
「なんちゅか控えめに言ってアレなゲームなんだけど、なんでか何回もやっちゃうくらい好き」なのもあれば、「良いゲームってのは分かってるんだけど、性格的に向かなくて遊ぶのが辛いゲーム」ってのがある。
私の場合は、とあるゲーム会社の社長とお話をしたに指摘されたんだけども、「とにかくアーケードゲーム系大好きマン・3分で面白さ分からなきゃヤメヤメ!」っていう極端なタイプです。
ヤメヤメ!は極端ですけど、多分ゼルダの伝説BotWとかプレイできないタイプだと思います。実際、聖剣伝説3も買ってるけど作品のあまりあるエロパワーをもってしてもまだ積んでるレベル。
で、ついでに言うとそこまでゲームが上手くないので、上手くモチベーションを出させてくれないと最後までプレイしない。

そんな偏食家ゲーマーなので、ゲームの感想を気の赴くままに書くとえらいことになるという自覚があります。
なので、ゲームに対して真面目に感想を書くときと、テケトー(ってのもアレだけど)に感想書くときは、スタンスが全然違います。
例として書くと大体こんな感じ。


【真面目に書くとき】
1.ゲームで遊んで、気付いたところをメモに残す
2.これまでのゲーム経験・作者さんの発信している情報を元に「思想的に下地になっているであろうゲーム群を探し出す」
3.それらのゲームを遊び、改めて感想を書くゲームを遊んで「作者さんが作りたかった形」を見定める
4.それが実現できているかなどを踏まえ、ゲームの面白さの核・歪になってしまっている部分などを探し出して感想を書く

【テケトーに書くとき】
1.ゲームで遊んで、楽しかったかどうかを考える
2.感想を書くかどうか決める。ゲームの楽しさにピンと来なかったら、ゲームとしての「良い・悪い」の判別が付けられなくていかんので、感想は書かない。
3.楽しかったことを書き、更にアイディアに発展性があると感じたらその点も書く


真面目に書くときで見ても分かる通り、「これまでのゲーム経験」が関わってくる以上は「良い・悪い」の判別ってのも、まだまだ主観に寄りまくり。
ただ、「良い・悪いが判別が全く持ってつかないゲーム」はほぼ確実に分かるので、極端に独りよがり・言いっぱなしの感想になるのを避けるために、感想は出さないようにしています。



ゲームの感想を書く時に何が難しいのって、私みたいな大偏食は当たり前なんですけど、みんな好きなゲーム・遊んできたゲームの経験量とか違うんですよね。
例えば「ゲームの難易度が高い=長く遊べて良い」っていう価値観もあれば、「ゲームの難易度が高い=ユーザーフレンドリーではない」っていう価値観もある。
作者さん視点では「ゲームの全てを楽しんでもらえれば最高!」なだけども、「ゲームの楽しさのコアがゲーム性か・ストーリーか」というのはどのゲームにもあって、そしてその上で「プレイヤーが何を望んでいるのか」はもちろんそれぞれ違うわけです。

「楽しさのコアをどこに置くか・プレイヤーのターゲットをどこにするか」という作者さんの意思を無視して、「自分には合わないゲーム」という「好き・嫌い」を「良い・悪い」にはき違えたくないし、はき違えた感想を出すことで私の「嫌い」に共感してしまう人を生み出したくないという感じ。
私のゲームの感想を見て「好意的なものが多いな」って思う方もいると思うんですが、作者さんに忖度してるってわけでなく、ここら辺が影響しています。
そして決めるは、資料を手に持ちながら「ここ歪じゃない?」とか殴りつける残酷なムーヴ

コンテストとかだと特になんですけど、その感想・レビューを書いた人が「どういうゲームが好き」とかの情報が無いと、アンフェアなんだろうなぁとか最近は思ったりしています。
自分とかはTHE アーケードゲームマン(注釈:下手っぴ)なので、普通のゲームの感想に混ぜちゃうと劇薬になっちゃうというか。
自分が感想を書いたゲームに対して、他の人がどんな感想を書いているんだろうと見たりするんですが、「分かってるねぇ」ってのもあれば、「多分楽しくなかったけど無理やり書いてるな。ズレてる」とかありますね。
あと、「プレイ時間明記するのはいいけど、30分でゲーム終わるエロ同人ゲームなのに1時間半と書くなや!オナニーの時間加味したら際限ねえだろ!とか、何というか読んでいて悲喜こもごもな感じ。
感想を読むことで間接的にその感想書いた人のオナニーの時間を知るわけですよ。んなもん知りたくないよ。
色々感想があって読むのが楽しいけど、どんなゲームが好きなのかとかそういう感想を書く人のベースが分からないと、他人の「嫌い」を自分の「嫌い」にはき違えかねなくて怖いなぁと考えていたり……。



というわけで、「良い・悪い」と「好き・嫌い」に関する考えと、私の感想のスタンスについての話でした。
どんな作品でも見方を変えれば「良い・悪い」はあるんですが、それが「好き・嫌い」とごっちゃになってしまうというのが、感想の難しいところだと思います。
例えば、Minecraftだと「アイディア次第でなんでもできる」のがいいところですが、見方を変えれば「急に世界に放り出されて何をすればいいか分からない、よく分からんうちに夜になってスケルトンとかに殺される」なんて面も出てきます。
「Wikiとかで情報調べろ」と言えばそれまでなんですが、それ出来るかも含めてゲーム経験値だと思いますし、それが面倒な人は遊ばないでしょう。
逆に「Minecraft Dungeons」は「RPGとして面白い」半面、「自由にクラフトとか出来ないしMinecraftである意味ある……?」って思いも出てくることでしょう。

その結果として「嫌い」と書くのは非常に簡単に出来ますが、それがゲームにきちんと向かい合った上での感想かと言われれば否だと思います。
企業開発のゲームに対してももちろんのことではありますが、個人・少人数開発のゲームなどは一人のプレイヤーの感想がより大きく作者さんに影響を与えることもありますので、感想を書くにあたってはしっかりとゲームに向き合う必要があると考えています。

もちろん、それらの感想を読む私たちも、「感想には好き・嫌いを重要視したもの、善し悪しを重要視したものなど色々なものがある」と認識したうえで、受け止めることも重要であると思います。
(例えばスマートフォンのゲームのレビューとかだと、不快に感じた面を表に出す方も多くいらっしゃいますからね)
話半分のつもりで聞いていても、第一印象として頭には残ってしまいますから難しいところです。
が、他人の「嫌い」に流されて避けてしまい、本当は「好き」になるはずの作品に出会えないことほど、悲しいことはないのですから。

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