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投稿記事
エローン大君

ゲームの「調味料」 ゲームバランスに関する超適当話


ゲームを料理と捉えるならば、ゲームバランスは調味料

王道のゲームを中心に遊ぶ人がいれば、高難易度のゲームばかりを遊ぶ人もいる。
人によって好みが大きく変わることを考えると、ゲームって「料理」に似てるところがありますよね。
ゲームシステムやCGや音楽などの、食材を上手く調理していく。
ジャンルという名のレシピに従えば、似通ったものになれど美味しいものが誰でも作れる。変にアレンジしすぎるとマズくなるのも大体一緒です。

ただ、全く同じシステム・CG等の演出であっても、簡単すぎたり難しすぎたり、単調すぎたりすると急激につまらなくなってしまいます。
「ゲームバランス」は料理で例えると調味料。ここのさじ加減を間違ってしまうと、残念な料理ができあがってしまうのです。
今回はゲームの印象を決定づけると言っても過言ではない、ゲームバランスについて雑かつ適当に考えていきたいと思います。


貴方は激辛料理はお好き? ゲームバランスに100点満点の正解は無し

「ゲームバランスが悪いゲームは面白い」
なんて一部で言われることはありますが、一般的にゲームバランスはきちんと整えるべきです。
実際のところ、ゲームバランスはこう整えるべき!という100点満点な正解はありません。

好みが分かれるゲームバランスの例としては、いわゆる「死にゲー」が分かりやすい例として挙げられます。
死にゲーの楽しさのコアは、何度もトライ&エラーを繰り返すことによって「上達感」を得るところだと思います。
死にゲーを料理で例えるとするならば、苦痛と快楽が入り混じった激辛料理と言ったところでしょう。
なので、激辛料理のようにプレイヤーの反応も、「これこれ!こういうのだよ!」と全力で楽しむものと、「難しすぎてイライラする!二度とやらねー!」となるものに大きく分かれます。
更に言うなら、王道であるスーパーマリオブラザースのレベルでも「ハンマーブロスはクソ!」と投げだす人はいます。ちなみに私はワールド8-3アンチです。なんだ地面をウロチョロするハンマーブロスって。

万人受けするゲームを作ることは出来ても、世界中の誰もが「最高に楽しい!」と思えるゲームは存在しないと言っても過言ではありません。
それぞれのプレイヤーの嗜好が異なる以上は、仕方が無いことなのです。


悪いゲームバランスによくある「バランスブレイカー」の話と、バランスが崩れる要因


とは言え、正解のゲームバランスはなくとも、悪いゲームバランスは存在します。
よく「バランスブレイカー」と呼ばれるものとしては、

・それだけ繰り返していれば何とかなるプレイング
・あまりにも強すぎるキャラクター・武器
・極端に難易度が簡単すぎる、もしくは高すぎる


こんな感じのものがあります。
私の経験としては、ゲーム全体としてバランスが悪いわけではないのですが、「第4次スーパーロボット大戦」が印象深いです。
明らかに強いオーラバトラー系のユニット「ビルバイン」で無双していたら、ビルバインが宇宙に行ってしまって参戦できないシナリオ「栄光の落日」で吐くほどにボコボコにされました。
育成偏りすぎて……戦力になるやつが主人公機しかいなかったんだよね……。

こういったバランスの崩れは、作り手の想定とプレイヤーの行動・認識のズレによって起こることがほとんど。
「うちのゲームはこう遊んでほしい」と作り手が思っていても、ゲーム経験・思考がプレイヤーによって違う以上、想定外のプレイも飛び出してくるものです。
作り手とプレイヤー間の意識の乖離が、物凄く分かりやすい形で出てしまったのが「ゲームバランスが悪い」状況だと言えましょう。
プレイヤーがバランスにキレる時、大体「思ってたんと違う!」という気持ちがベースにありますが、作り手も作り手で「遊び方が思ってたんと違う!」となっているのです。

ちなみに、致命的なほどのズレでなくても、難易度に関しては結構カジュアルな感じで「バランスが悪い」と言われがちです。
実際の調整ミスだけでなく、「作り手が想定したプレイヤー層と実際のプレイヤーが噛み合わなかった」という些細な場合にも起こるからです。
小学生向けのキャラゲーなのに異様に難しくしてしまったり、「可愛いキャラだけど高難易度」をやろうとしてプレイヤーへの印象付けをミスってしまったり。
また、大人向けのえっちなアクションゲームだと、「プレイヤーがクリアできなければ、えっちなコンテンツが見せられない」ということで、極端に簡単に設定してしまうこともあります。
これを普通のゲーマーがプレイすると、「簡単で単調すぎるんじゃコンニャロ!」とぷりぷり怒ってしまうわけですな。

凄く適当に言うんだけども、フリーゲームの感想が荒れたりするのって、遊ぶターゲット層を一切限定できない(強いていうなら「フリーゲームで遊びたい人」ってだけ)という面もあるんじゃないかな、と思っていたりもします。
私が作ったあのクソみたいなシューティング、ふりーむあたりに載せたら絶対痛メールくるぜ。


対戦ゲームならではのゲームバランス事情 調整に意見を取り入れるとカオスなことに?


1人用のゲームの「ゲームバランス」も大変ですが、対戦ゲームになるとバランスの話は余計に複雑化します。
対戦ゲームにおける「悪いゲームバランス」でよく言われるのは、対戦ゲームにおけるキャラやクラス・武器の強弱でしょうか。
プレイヤー同士の対戦になるので、真っ先に目が向かうのはプレイヤーキャラ自体の性能になります。
強すぎる技を持った格ゲーキャラは嫌われますし、FPSでは一方的に撃てるスナイパーが強いと色々と言われがち。
他にも、ハメ技などで「一回攻撃を食らうと逆転不可」なんて状況が起こる場合も、ゲームバランスが悪いと嫌われたりしますね。

では、ゲームバランスを整える上で「そういうキャラや技をなくせばいいのか」と言われると違います。
完全になくしてしまうと、遠距離技主体の戦法だったプレイヤーや、たまには突撃ドンパチではなくクールに決めてみたいプレイヤーは、ゲームの楽しみを永遠に失ってしまいます。
極論を言うと、キャラは1人のみ・全プレイヤー同じ武器にすれば、対戦におけるゲームバランスは確かに整います。
が、その分出来ることが少なくなり、純粋にゲームで楽しめる「遊び」がガッツリ減ってしまうのです。

また、対戦ゲームのゲームバランスは、「プレイヤーの意見が参考になりづらい」のも特徴。
人間は目立つところばかりを注目してしまい、プレイヤーからの意見も自ずと偏ってしまうものです。
プレイヤーが干渉しあうため、「あるキャラの動きを1F早くする」と言った少しの要素の変更が、ゲーム全体に波及する繊細な対戦ゲームでは、この意見の偏りが大変な事態を生みます。
一見して分かりづらいマスクステータスよりも数値化されたデータばかりを注目したり、キャラや武器間の相性を全体のバランスが悪いと勘違いしたり。

プレイヤー間のゲームへの理解度の差もあいまって、ゲームの尖っているところだけがクローズアップされたカオスな意見が出来上がります。
これはプレイヤーが悪いわけではなく、「楽しく快適にゲームを遊ぶ」ことは「気持ち良く勝ち負けを競い合える環境になる」ことなので、おのずと自分に対して露骨に不利な要素なども上げてしまいがちなのです。
そのため、プレイヤーの意見を何も考えずに取り入れて調整をすると、、逆に凄くチグハグなバランスになってしまいます。
少し動かすだけでゲーム全体のバランスが変わってしまう対戦ゲーム。自分が何故そのような調整にしたのか、その理由と意見をきちんと照らし合わせるべきでしょう。

対戦ゲームでのゲームバランスで一番大事なのは、全プレイヤーが平等に戦えることではなく、全プレイヤーが楽しめること。
例えば、格ゲーの「キャンセル」はバグを正式な仕様として採用した例ですが、このキャンセルというシステムから多数の即死連携などが多数生まれました。
しかし、功罪はありながらも、上達を味わえるテクとして、格ゲージャンルに無くてはならないものとなっています。なんなら、即死連携やそれに類するものを探すために、トレーニングモードにこもりっきりの人もいるほど。
そう、ゲームが面白くなるのであれば意図的にゲームバランスを崩すことはアリなのです。


ゲームバランスの指標と、「崩れているのに面白いゲーム」の話

ゲームの掲示板やコミュニティに行くと、時たま目にする「ゲームバランスが悪いゲームは面白い」という言葉。
素直に頷けるものではありませんが、ゲームを遊ぶ者として「部分的にはそう」というのは確かだと思います。
とは言え、調整を完全に放棄したから奇跡的に面白くなった、というものではありません。

ゲームバランスを取る上での指標は、「プレイヤーにどのように楽しんでもらいたいか」という意図だと考えています。
用意している「このゲームの楽しいところはここ!」という部分を、満足に楽しんでもらうことが一番大事なのです。
ただちょっとしたニュアンスがあって、「プレイヤーに100%作り手の想定通りに遊ばせる」こととは違います。
あまりに作り手からの誘導がきつすぎると、操り人形になったかのように非常に窮屈で、プレイヤーとしては楽しむことは出来ません。
※音ゲーやシューティングのように「上達を楽しむゲーム」としてデザイン出来ていれば、そういうゲームとしてプレイヤーは受け入れられるでしょう。

そしてよく言われる「ゲームバランスが悪いのに面白いゲーム」は、「楽しさを味わわせる」部分が尖ったゲームだと思っています。
料理で言うと、ジャンクフードとかスナック菓子とか、そういう雑に美味しい感じのやつ。
バランスが整っていない代わり、元々の楽しさが強調されたり、別の楽しさが生まれたり。
対戦ゲームのように「ジャンル的に崩れるのは受け入れている」場合もあり、作り手が想定しているかはゲームによって様々でしょう。
バランスは悪くはあれ崩れてしまうほどではない、そんなある意味凄いバランス感覚のもとで、そういうゲームは成り立っているのです。

実際のところ、プレイヤーは驚くほど突飛なプレイをしますし、「え?仕掛けに気付かずに……詰んでる……?」と誘導不足で悲しいことにもなったりします。
ゲームの仕様は作り手が一番知っていますが、データ同士が作用して「ゲーム的にどうなるか」はプレイヤーの方が詳しい、なんてこともあるかもしれません。
ゲームバランスの問題は、結局「プレイヤーがゲームを遊んで納得できたか」によるところが大きいので、指標はあっても本当の正解はないんですよね。
普通に遊ぶ人は「バランスが良い」と思っても、やり込んだ人的には実は「バランスが悪い」と思っていたりすることもあると思うので、調整の軸足をどこに置くか、というのが結局は大事なのかもしれません。


~締まらないけど完~


【余談】
ゲームバランスは「ゲーム中のユーザの気持ち」よりは、「プレイ後のユーザの気持ち」に寄り添うべきだと思っているんですが、ここ辺り深く考えるの大変そうなので、軽い言及で辞めておきます。
良いゲームでも一回しか出来ない場合と、リプレイ性がある場合って、後者の方が個人的にはありがたいです。
もちろん、ストーリーを追う系とか1回しか遊べないゲームは別として。

格闘ゲームってよくも悪くもプレイヤー同士は平等な関係で、負けに負けてプレイを終えた時の気持ちはマジで最悪です。
様々な対戦ゲーで「リプレイ性」を得るためにどういう工夫をしているか、というのは割と気になっていたり。
スマブラとか結構ガチガチにコンボとかしたりするゲームですけど、凄い数のプレイヤーが残っているのが面白いんですよね。

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エローン大君

自作ゲーム「クソシュー」の個人的評価(ゲーム配布あり)

自作ゲーム「クソシュー」のダウンロードはこちらから


↑Tatuさんの上げたプレイ動画。プレイしてくださりありがとうございました。

【簡易説明】
・50発の弾数制限の中、どれだけスコアが稼げるかを競うシューティングゲームです。
・キーボードの矢印キーで移動、スペースキーでショット。
・敵は5回ぐらいまで見逃しすることが出来ます。敵に激突するか、見逃せる回数上限を超えるとゲームオーバー。
・撃破した時の敵の位置が、右側であればあるほど高得点です。

【自作ゲーム「クソシュー」ダウンロードはこちらから】

kusoshoot.zip (125.98kB)

ダウンロード


公開した自作ゲーム「クソシュー」の評価をしてみようじゃないか


完全な自分用として作ったゲーム「クソシュー」を、ちょっと前にTwitter限定で公開。
我ながらクソゲーであり、公開して恥をかくだけのつもりでした。
ただ、実際にプレイしている動画を見て「少しぐらいは振り返ってあの頃の自分を抱きしめてあげてもいいのではないか」と思い直した次第です。

このゲームを作ったのは、だいたい2006年頃(自機の画像のタイムスタンプ見た感じ)。完成したゲームとしては、SFC版RPGツクール2で作った「ドルルルルルアーガの城」に続く2つ目ですね。
「クソシュー」の製作時においては、Windows100%だったかのHSP講座を適当に流し読み、シューティングゲームのサンプルソースとか見ずに「こんな感じでやれば出来るやろ」と凄い雑な感じで作ったことを記憶しております。
「シューティングゲームっぽいのを作るために作ったゲーム」と言いますか。
そのせいで、敵機を追加したり、2発目の弾を撃つのが恐ろしく面倒くさかったりしますが、凄くシンプルなアルゴリズムのゲームなので一から作り直したら案外パッとできるかも。

私はテキストサイトっぽいことをしていた頃から、友人などに頼み「直にコンテンツに対する反応を見て、自分なりに作品を再評価する」ことをしてきました。
めちゃくちゃウケた時もだだスベリした時も結果を受け入れ、分析して改善に活かすことを旨としていたのですが、自作ゲームに関しては「習作である上に完全に自分向け」ということもあり、完成した物を誰にもプレイさせたことはありませんでした。
「クソシュー」を公開し、「ゲームのプレイ動画を撮ってくださる」という凄い熱意のある方にプレイしていただけたことは本当に幸運で、ありがたいことだと思います。
この場を借りて感謝申し上げます。

この記事では「クソシュー」を作った時の記憶・残っていた資料を基に「どんなゲームにしたかったのか、そしてそれが実現できていたか」を見ていきたいと思います。
完全に反省会な感じですが、適当に読んで面白がっていただければ幸いです。



1.「クソシュー」でどのような楽しみを与えたかったか

ただ死ぬまで敵を倒すだけでは芸がないので、スコアアタック部分を強く推したゲームにしたい。
・残弾を設定することで、スコアが青天井になることを抑制。
敵を確実に撃つだけで同じ得点になるのはつまらないので、リスク・リターンを楽しめるように「敵の撃破位置」をスコアに反映させるようにする。
・「敵の見逃し」をミス要件に入れて、「敵を狙って撃つ」STGの楽しさを全面に出す。
なんか戦略性が上がりそうな気がするので、敵の見逃しをいくつか許容する仕組みにする。
瞬時に判断する楽しさも強調したいので、敵の出現位置はランダムに。
・ワンキーでスムーズにリトライ出来るようにして、リプレイ性を上げる。
理想のプレイは「敵と自機の位置を見て素早く撃つか見逃すかを判断、正確に操作をして出来るだけ前進した状態で敵を倒しまくる」こと。


2.1で想定したことを実現できていたか

・敵に激突したら即ゲームオーバーなので、前進するリスクが大きすぎる。
・残弾を撃ち尽くしたいのが人の心というか、そこが一般的にはスタート地点なのだから安定して最後まで撃てるようにするべき。
・リスクを背負って前進して敵が倒しても、次の敵の出現位置がランダムなので結果的に意味がない場合が多い。一言で言うとリスクとリターンのバランスがぶっ壊れている。
ゲームスピードが著しく早い他、ゲーム開始時に即敵が飛んでくるなど落ち着く暇がない。

・敵を狙って撃つ面白さ自体は実現できているが、忙しなさとランダム出現に頼ったゲームバランスのせいで別段楽しくはない。疲れる。


3.実現できなかった点についての考察など


第一に、ある程度思考・判断することも面白さの一つとしているのに、思考を挟む余裕が無くては意味がないので、ゲームスピードはちょっと落とすべき。
前進するリスクとしてには、「敵に激突してしまう」「点数のアベレージが下がる」の2つがあり、物凄く前進して稼ぐプレイングが出来なくなってしまっている。
接触のしやすさ・マクロ的に見た攻める意味の無さ、双方に共通する原因は「敵の出現位置のランダム性」。
ランダムなゲームは、作り手が毎回違うプレイになるのでテストプレイを飽きることがなく楽しめるが、ゲームバランス調整を著しく難しくしてしまう面があるので、使い方を考える必要がある。
(今回の場合、ゲームバランス調整を投げるという意味合いも強く出てしまった)

単純に「敵機との接触によるリスクを少なくする」だけであれば、自機に耐久力を持たすだけでいいが、スコア面のリスクは全く解決せず、また前進するリスクが下がりすぎてしまう可能性もある。
問題を解決するには敵の出現位置のランダム性」を何とかするべきである。
しかし、純粋に出現位置を固定してしまうと「全く同じ動きで全く同じスコアが出る」ゲームとなり、「狙って撃つ」という楽しさは損なわれてしまう。

スコアアタックの競技性とランダムを両立させる方法としては、複数機の編隊を作って編隊をある程度のランダム性をもって出現させるのがいいのではないか。
編隊ごとの想定撃破点はもちろん、編隊から編隊への繋がりも加味して計算を行い、理不尽にならない流れで編隊が繋がるように気を付ける。
ごくたまに撃破点が低い編隊(見逃すと点数が上がる)を作り、1ゲームでの出現数を適切にすることで、「撃つか見逃すかを一瞬で判断する」楽しさも生まれると考えられる。


4.結論

このままのゲームシステムで改良するのは、計算とか必要なので滅茶苦茶しんどい。
なんというかランダム性マジ怖い。絶対バージョンアップなんてしない。




という感じでした。詰んだな?
あくまでプレイ動画を見たり、自分で改めてプレイして感じたことを書きなぐっただけです。
なので、実際にはもっと重大な欠点があるような気はしていますが、根本的なところはリスク・リターンのバランスの釣り合いが残念ということで……。

「複数の敵機を出して移動速度の違いで戦略性を出す」という案も考えてはみました。
ただ、そこまで来るといよいよ最初から作り直しが必要な上に、シンプルに面白さを出る現在のシステムとは違って、これはこれでかなり工夫が必要そうですね。
実際やってみないと分かりませんが、複数の敵機を出すために画面サイズを大きくしたらしたで、ゲームバランスも大きく変わるような予感もします。

ゲームの第一のファンは作り手で、そのゲームが一番楽しめる遊び方が一番よく分かっているのも作り手です。
他の方のプレイ動画を見て「想定したゲームプレイで楽しんでもらえているか」を鑑みた結果、やはり色々と駄目だなという感想になりましたが、それと同時に色々な知見が得られて凄く楽しかったです。
上のプレイ動画をよく見ていただくと分かる通り、自機の当たり判定がちょっと小さくなってる(多少めり込んでも敵に衝突しない)んですが、ここ辺りやっぱりプレイして気になった人とかいるのかな……?

実のところ、「ランダムで動く四角をただただ避けるだけのゲーム」という謎のゲームがまだパソコン内に眠ったりするのですが、これはいよいよ自分でも正しい楽しみ方がよく分からないので公開しません。運よくスコアが高かったら喜ぶだけなのです。
また何か作る機会(それこそクソシューの続編だったり、以前作ったゲームのリメイクだったり)がありましたら、またこんな感じで公開&反省会をすると思いますのでよろしくお願いいたします。

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エローン大君

「好き・嫌い」と「良い・悪い」は違う ゲームの感想・コメントに対する私のスタンス


匿名掲示板で見た「嫌いはいくらでも見つかる だから好きは尊いんだ」という言葉が胸に刺さってまして。
いや、実のところこの文面書き込んだの私なんですけど、ふと漏らした言葉が自分の心の奥底からの叫びだってことに気付いて、ハッとなったんですよね。
ただでさえ検索エンジンで検索、好きな情報があるサイトにしか行かないことが多いところに、SNSがもたらしたのは「共感」を加速させるものでした。

「共感を得るための内輪向けな気持ちを、全世界に向かって発信している」っていう歪な状態、まさに大共感時代なんですけど、声が大きければ大きいほど良い大叫喚時代ってのは匿名時代と変わらないんですよね。
アニメでもゲームでも何にでも置き換えていいんですけど、「この〇〇嫌い!」ってのは凄く気軽に書けるし腐るほど出会います。
SNS特有の共感パワーがあるので難しいんですが、他人の「嫌い」を自分の「嫌い」とはき違えてしまわぬようにして、自分の「好き」が見つかったらきちんとギュっと抱きしめることを常に肝に銘じることが重要だなぁと感じる昨今です。
アンチがやたらと多い作品とか、何かファン同士でウンコ投げ合ってる作品とか、言及するどころか作品に触れるのすら若干億劫になったりするじゃない?
そこで触れないと「好き」は永遠に見つからないように思える。ウゲーッ!ってなること多いけども。

あと、どんな作品でもささいな自分の望みとは違う部分があるので、望みとほぼほぼぴったりと合う作品は本当に大事にしないといけない。尊いんです。
ただ、そういう作品に対する「好き」を発信するのは未だに超苦手だったりするんですけどね……。言葉にするとどうしても陳腐化しちゃうというか。
もう色々とロマンチックな感じになっちゃってる「好き」を表すのってムズイよネ。



と、何か急なお気持ち表明みたいな文章から始まりましたが、ゲーム雑談です。
このカテゴリ使うと、どうしても緊張しちゃうのでライトにライトに、どうでもいい話を。

先ほど散々「好き・嫌い」って言葉を使ってきましたけど、当たり前の話として「好き・嫌い」と「良い・悪い」って違うんですよね。
「なんちゅか控えめに言ってアレなゲームなんだけど、なんでか何回もやっちゃうくらい好き」なのもあれば、「良いゲームってのは分かってるんだけど、性格的に向かなくて遊ぶのが辛いゲーム」ってのがある。
私の場合は、とあるゲーム会社の社長とお話をしたに指摘されたんだけども、「とにかくアーケードゲーム系大好きマン・3分で面白さ分からなきゃヤメヤメ!」っていう極端なタイプです。
ヤメヤメ!は極端ですけど、多分ゼルダの伝説BotWとかプレイできないタイプだと思います。実際、聖剣伝説3も買ってるけど作品のあまりあるエロパワーをもってしてもまだ積んでるレベル。
で、ついでに言うとそこまでゲームが上手くないので、上手くモチベーションを出させてくれないと最後までプレイしない。

そんな偏食家ゲーマーなので、ゲームの感想を気の赴くままに書くとえらいことになるという自覚があります。
なので、ゲームに対して真面目に感想を書くときと、テケトー(ってのもアレだけど)に感想書くときは、スタンスが全然違います。
例として書くと大体こんな感じ。


【真面目に書くとき】
1.ゲームで遊んで、気付いたところをメモに残す
2.これまでのゲーム経験・作者さんの発信している情報を元に「思想的に下地になっているであろうゲーム群を探し出す」
3.それらのゲームを遊び、改めて感想を書くゲームを遊んで「作者さんが作りたかった形」を見定める
4.それが実現できているかなどを踏まえ、ゲームの面白さの核・歪になってしまっている部分などを探し出して感想を書く

【テケトーに書くとき】
1.ゲームで遊んで、楽しかったかどうかを考える
2.感想を書くかどうか決める。ゲームの楽しさにピンと来なかったら、ゲームとしての「良い・悪い」の判別が付けられなくていかんので、感想は書かない。
3.楽しかったことを書き、更にアイディアに発展性があると感じたらその点も書く


真面目に書くときで見ても分かる通り、「これまでのゲーム経験」が関わってくる以上は「良い・悪い」の判別ってのも、まだまだ主観に寄りまくり。
ただ、「良い・悪いが判別が全く持ってつかないゲーム」はほぼ確実に分かるので、極端に独りよがり・言いっぱなしの感想になるのを避けるために、感想は出さないようにしています。



ゲームの感想を書く時に何が難しいのって、私みたいな大偏食は当たり前なんですけど、みんな好きなゲーム・遊んできたゲームの経験量とか違うんですよね。
例えば「ゲームの難易度が高い=長く遊べて良い」っていう価値観もあれば、「ゲームの難易度が高い=ユーザーフレンドリーではない」っていう価値観もある。
作者さん視点では「ゲームの全てを楽しんでもらえれば最高!」なだけども、「ゲームの楽しさのコアがゲーム性か・ストーリーか」というのはどのゲームにもあって、そしてその上で「プレイヤーが何を望んでいるのか」はもちろんそれぞれ違うわけです。

「楽しさのコアをどこに置くか・プレイヤーのターゲットをどこにするか」という作者さんの意思を無視して、「自分には合わないゲーム」という「好き・嫌い」を「良い・悪い」にはき違えたくないし、はき違えた感想を出すことで私の「嫌い」に共感してしまう人を生み出したくないという感じ。
私のゲームの感想を見て「好意的なものが多いな」って思う方もいると思うんですが、作者さんに忖度してるってわけでなく、ここら辺が影響しています。
そして決めるは、資料を手に持ちながら「ここ歪じゃない?」とか殴りつける残酷なムーヴ

コンテストとかだと特になんですけど、その感想・レビューを書いた人が「どういうゲームが好き」とかの情報が無いと、アンフェアなんだろうなぁとか最近は思ったりしています。
自分とかはTHE アーケードゲームマン(注釈:下手っぴ)なので、普通のゲームの感想に混ぜちゃうと劇薬になっちゃうというか。
自分が感想を書いたゲームに対して、他の人がどんな感想を書いているんだろうと見たりするんですが、「分かってるねぇ」ってのもあれば、「多分楽しくなかったけど無理やり書いてるな。ズレてる」とかありますね。
あと、「プレイ時間明記するのはいいけど、30分でゲーム終わるエロ同人ゲームなのに1時間半と書くなや!オナニーの時間加味したら際限ねえだろ!とか、何というか読んでいて悲喜こもごもな感じ。
感想を読むことで間接的にその感想書いた人のオナニーの時間を知るわけですよ。んなもん知りたくないよ。
色々感想があって読むのが楽しいけど、どんなゲームが好きなのかとかそういう感想を書く人のベースが分からないと、他人の「嫌い」を自分の「嫌い」にはき違えかねなくて怖いなぁと考えていたり……。



というわけで、「良い・悪い」と「好き・嫌い」に関する考えと、私の感想のスタンスについての話でした。
どんな作品でも見方を変えれば「良い・悪い」はあるんですが、それが「好き・嫌い」とごっちゃになってしまうというのが、感想の難しいところだと思います。
例えば、Minecraftだと「アイディア次第でなんでもできる」のがいいところですが、見方を変えれば「急に世界に放り出されて何をすればいいか分からない、よく分からんうちに夜になってスケルトンとかに殺される」なんて面も出てきます。
「Wikiとかで情報調べろ」と言えばそれまでなんですが、それ出来るかも含めてゲーム経験値だと思いますし、それが面倒な人は遊ばないでしょう。
逆に「Minecraft Dungeons」は「RPGとして面白い」半面、「自由にクラフトとか出来ないしMinecraftである意味ある……?」って思いも出てくることでしょう。

その結果として「嫌い」と書くのは非常に簡単に出来ますが、それがゲームにきちんと向かい合った上での感想かと言われれば否だと思います。
企業開発のゲームに対してももちろんのことではありますが、個人・少人数開発のゲームなどは一人のプレイヤーの感想がより大きく作者さんに影響を与えることもありますので、感想を書くにあたってはしっかりとゲームに向き合う必要があると考えています。

もちろん、それらの感想を読む私たちも、「感想には好き・嫌いを重要視したもの、善し悪しを重要視したものなど色々なものがある」と認識したうえで、受け止めることも重要であると思います。
(例えばスマートフォンのゲームのレビューとかだと、不快に感じた面を表に出す方も多くいらっしゃいますからね)
話半分のつもりで聞いていても、第一印象として頭には残ってしまいますから難しいところです。
が、他人の「嫌い」に流されて避けてしまい、本当は「好き」になるはずの作品に出会えないことほど、悲しいことはないのですから。

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