新戸 2023/07/19 19:15

ブルアカ:メイドアリスは眠らない

「行ってらっしゃい、アリスちゃん」
「当番頑張ってね~」
「先生に、よろしくね」
「はい、お留守番は任せました。それでは行ってきます!」

ゲーム開発部の面々に見送られながら、アリスはミレニアムの学舎を発った。
時刻は朝の七時。
いつもより早起きをしたみんなに手伝ってもらいメイドにジョブチェンジしたアリスは、
当番として先生をサポートするため、軽い足取りでシャーレへと向かった。

「おや? おはようございます、アリスさん」
「スミレ先輩! はい、おはようございます!」
「今日のアリスさんはメイドさんの格好なのですね。C&Cのお手伝いですか?」
「いえ、今日のアリスはシャーレの当番です。先生のお世話をしに行きます!」
「なるほど、トレーナーの。そういうことでしたらあまり時間を取ってはいけませんね。行ってらっしゃい、アリスさん」
「はい、行ってきます!」

時折出会う人たちと軽く会話を交わしながら。

「ねえ、あのメイドさんって……」
「向かってる方向は……っていうことは、あれが今日のシャーレの「当番」なのかしら?」
「あんな小さい子まで……可哀想……」

あるいは、通りすがりの人々に見送られながら。
エプロンとスカートの中ほどを指先でつまみ上げ、ポニーテールを風になびかせ、「しゅたたたた」と口に出しつつ、小走りで駆けていく。
アリスのメイド観は、今もまだ歪んでいた。



「おはようございます、先生! メイドのアリスが到着しました! ……先生?」

シャーレのオフィス、先生の仕事部屋に入るなり、アリスは大きな声で挨拶をした。
デスクに先生の背中を見つけたからだ。
しかし、返事がない。
ただのしかばねなのだろうか? 否。

「これは……徹夜で仕事をして、値落ちしてしまったに違いありません!」

メイドとなり、推理力も兼ね備えたアリスにとって、この状況を見破ることは容易であった。
『メイド茶屋探偵』を履修したアリスに死角はないのだ。

「こんな眠り方では疲れは取れません。寝るならせめてソファですよ、先生」

言いながら、アリスは先生を横抱きにして運び、オフィスのソファに横たわらせる。
この様子だと、起きるまでもう少しかかることだろう。
であれば、先生が寝ている間にデスクまわりを掃除してしまおう――

極めて合理的な判断のもと、アリスは当番としてのお仕事を開始した。



「――……っ! 今、何時……!?」
「あっ! 先生、おはようございます! 今は午前の10時半です!」
「10時半……良かった、まだ午前だった……」

安堵のため息を吐く先生は、しかしアリスの言葉に再び焦りを見せる。

「先生。先生はクソザコスネイルなんですから、あまり無茶をしてはいけません。あんまりひどいとユウカに言いつけますよ?」
「ユウカに告げ口するのだけは勘弁して!?」

そう。
先生はユウカに頭が上がらなかったのである。



「おお、床がピカピカになってる……」
「えっへん。アリスはレベル100のメイド勇者ですから」

部屋の掃除は、先生が寝ている間にほとんど終わらせられていた。
学習能力・身体能力ともに高く、意欲も十分なアリスにとって、この程度は文字通り朝飯前だった。
無論、当番の生徒たちが普段から綺麗にしていたから、というのもある。
アリスひとりの力ではなく、みんなの力による賜物であった。

「よし! それじゃ朝ごはんを食べて、仕事に取り掛かろう! アリスは……食べてから来たのかな?」
「あっ……はい。アリスは食べてから来ましたが、その、先生のご飯の用意は忘れていました……」
「あはは。大丈夫大丈夫、気にしないで。掃除を頑張ってもらったんだから、このくらいは自分でしないとね」

笑って手を振る先生に、しかしアリスは申し訳無さを覚える。
今日は先生のお世話を完璧にこなすつもりだったのに、ご飯の用意を忘れてしまうなんて……と。
しかし、ご飯を作ってから掃除をするのは、埃が舞ってよろしくない。
そう考えると食事をさせてから掃除をするか、掃除を終わらせ換気をしてからご飯を作ることになるが、先に食事をさせるには先生を叩き起こす必要があり、しかし先生を叩き起こすと寝不足で疲れが……。

「アリスには……何が正解なのか、わかりません。アリスはメイド勇者失格です……」
「ええっ!? 急にどうしたの、アリス?」

ハムと目玉焼きを乗せたトースト、それからコーヒー入りのマグカップを手に戻ってきた先生が相談に乗り。
「じゃあ、今はレベル80ということで」と、暫定的にレベルダウンすることで落ち着いた。



シャーレに寄せられた依頼や連邦生徒会への報告書などの仕分け。
飲み物や食事の用意と、その後片付け。
先生の話し相手、先生の個人的な出費のチェック、先生へのお小言などなど。
仕事部屋の掃除を除いても、当番のタスクは山のようにある。

厳密に言えば、それら全てをその日の当番がこなす必要はない。
日々かわるがわる訪れる生徒たちが、各々得意な分野で業務をサポートするようになっているからだ。

そして、今日のアリスは先生をお世話しにきたメイド勇者であり。
シャーレ全体の掃除を完了させつつも、コーヒーや食事を必要なタイミングですかさず提供し、ユウカの言いつけ通りレシートをチェックし、肩を揉み、お小言を繰り出していった。
先生にとってはすこぶる平和で、手伝いがありがたく、しかし耳の痛い時間であった。



「18時になったし、今日はこの辺で切り上げようか」
「わかりました、お仕事終了ですね。お疲れ様でした、先生」

先生がグッと背中を伸ばしている間に、アリスは先生のマグカップを持って給湯室へと駆けてゆき……
少しして、同じマグカップを手に戻ってきた。

「先生、こちらをどうぞ」
「これは、ホットミルク?」
「はい! ハチミツ入りのあま~いホットミルクです」

仕事中、ブラックコーヒーばかり飲んでいたから、それを気遣ってくれてのことだろう。
少し口をつけてみると、人肌程度の飲みやすい温度。
一口飲み、その甘さと優しさに「ほう」と吐息が漏れる。
ここまで気を回してくれていることに対する感謝と、アリスのメイド力の高まりを感じ、

「ありがとう、アリス。やっぱりアリスは、レベル100のメイド勇者だよ」
「! ぱんぱかぱーん! アリスはレベル100に返り咲きました! 先生のお墨付きです」

しかし、アリスからのありがたいサポートも今日はここまで。
ここから先は残業タイム……大人の時間の始まりだ、などと思いながら、アリスを見送るために立ち上がり――

「それでは先生。お夕飯にしましょう」
「えっ。晩ごはんまで用意してくれてるの?」
「はい! 今日のアリスは先生のお世話係ですから!」

用意してくれてるのなら、食べないわけにはいかないなと送り出すのを一旦棚上げし――

「先生! お食事の後は歯磨きです!」
「あ、うん。……いや、ちょっと待って。どうしてアリスが私の歯ブラシを持ってるの?」
「それはもちろん、アリスが先生のお世話係だからです!」

「はい、綺麗に磨けました!」
「……大人として大切なものを喪ったような気がする」
「それでは先生、シャワーに行きましょう!」
「待って、引きずらないで! そうそう、こうして横抱きにされるのが……じゃなくて!?」

「先生、どうしてもダメですか?」
「流石にここまでお世話される訳にはいかないから! そもそもシャワーブースそんなに広くないし!」
「そうですか……残念です」

「さあ先生、ベッドに横になってください。先生が眠るまで、アリスがお話をしてあげます」
「……どうしても、寝ないとダメ?」
「どうしてもです。先生が残業をしようとしていたことくらい、まるっと全部お見通しなのです」

「昔むかしあるところに、クロマルノ王国の第3王子が居ました。彼はみんなから胸毛王子と呼ばれており……」
「前にアリスがやってた変わったゲームだコレ……!」

そして、棚から下ろす機会はついぞ巡ってこなかった。



やはり、日頃から無理をしていたのだろう。
しばらくはツッコミを入れたりしていた先生だったが、その受け答えはすぐに曖昧なものとなり。
スヤスヤと寝息を立て始めるまで、そう長い時間はかからなかった。

それを見たアリスは物語をそらんじるのを止め、しかし帰り支度を始めるでもなく。
先生の呼吸と、時計の針の音。
かすかな月明かりだけが差し込む夜闇の中、アリスはじっと、眠る先生を見つめ続けていた。
夜は更けていく。



「んん~っ……くっ、はぁ~……。すごいスッキリしてるのに、まだ6時とか」

明けて朝。
「きょうび、子供だってこんな時間に眠らんわ」という時間に寝かしつけられた先生は、久方ぶりの心地よい目覚めを味わっていた。
前日の夕食が普段よりずっと早かったこともあってか、空腹感もすさまじい。
事実、目覚めた理由の半分くらいはこの空腹感が理由であった。

「……いや。これはいつも夜食食べてるせいかな」

――やはり、少しは生活を見直すべきだろうか?

熟睡による体調の良さを実感しながら部屋を出ると、トーストの香りが鼻先をくすぐる。

――こんな朝早くに、一体誰が?

疑問と共に給湯室を覗き込んでみると、メイド姿のアリスが朝食の用意をしてくれていた。

「……アリス? どうして……」
「あ、先生。おはようございます。今日は早起きさんですね!」
「うん、おかげさまで。……ところで、どうしてこんな時間にアリスがここに?」

アリスが当番だったのは昨日のこと。
昨晩は寝かしつけられてしまったが、その後はミレニアムの寮に帰ったのだろうと思っていた。

「それはですね、昨日こなせなかったミッションのリベンジだからです!」
「リベンジ」
「はい! アリスは先生のお世話を完璧にこなしたいと思っていましたが、昨日は朝ごはんの用意を失敗してしまいました。先生はアリスをレベル100のメイド勇者だと言ってくれましたが、それではアリスが納得できません」

だが、違った。
アリスは虎視眈々と翌朝のリベンジチャンスを狙い、シャーレに泊まり込んでいたのだ。

「――できました! アリス特製、モーニングプレートです!」
「おー。美味しそう」
「はい、きっと美味しくできてます! さあ先生、どうぞ召し上がれ!」

トーストに目玉焼き、ウインナーにサラダとフルーツを添えて。
いつもより少しだけ色鮮やかな朝食。
けれど、アリスが作ってくれたということもあり、先生の目にはとても鮮やかに見えていた。



……その後。
「生徒にメイド服を着せ、朝帰りさせた」としてシャーレの風評が悪化したが、大多数の人は「あのシャーレだしな……」と納得し、先生を知る生徒たちは「あの先生だもんね」と納得したとかしなかったとか、メイド服着て押しかけたとか。

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