新戸 2022/12/18 19:12

ウマ娘:ネコと和解せよ

トレーナー室が、猫に乗っ取られてしまった。

ことの始まりはある秋の日。
風が肌寒くなってきたタイミングで降った雨は、激しさこそなかったものの冬の到来を予感させるには十分なほどに冷たくて。

「トレーナーさん、ちょっとこの子たち避難させてあげてくれませんか?」

そう言って、スカイが何匹かの猫をトレーナー室に連れ込んできたのだ。
その中には俺にも見覚えのある、スカイと遊んでいた猫もいて。

「わかった。タオルとか暖房は必要か?」
「助かります!」

友達の友達を助ける、という感覚に近いだろうか。
ともあれ、そのような許可を出したわけである。

ファンヒーターの前に並び、その温風を気持ちよさそうに浴びる猫たち。
動物嫌いでもなければ心和む情景だろう。
俺もその例に漏れず、仕事の合間にそちらを見ては癒やされたものだ。



──時に。
庇を貸して母屋を取られる、という言葉がある。
一部を貸したら全部を奪われてしまったという、要するに『恩を仇で返される』なヤツだ。
あんな感じの事態が、トレーナー室で発生した。

少し考えれば分かることだが、秋から冬にかけて気温は日々低下していく。
外で暮らす猫たちには厳しい季節だ。
スカイの友達である地域猫にとってもそれは同じで。
故に猫たちは、温風を求めてトレーナー室にやってきた。

『もうすぐ使うだろうし、いちいち仕舞っておくのもなあ』

そう思い、出したままにしていたファンヒーターの前に陣取り、稼働させよと視線で圧をかけられ。
ファンヒーターの前から離れる猫がいたかと思えば、トイレのためにドアを開けるように要求され。
その猫がトイレを済ませて戻ってくるまで、木枯らしを浴びながらドアの前で待機することになり。

「あははー……あの子たち、来ちゃいましたか」

授業を終えてやってきたスカイから、苦笑いと謝罪を受け取ることとなったのである。

「えっと。冬の間、あの子たちをここに置かせてもらっても構いませんか?」

必要なものは、ちゃんと私が揃えますから──。
スカイにそうお願いされては、首を横には振れなかった。
(飼育の許可自体は、理事長に伺いを立てたら秒でもらえた)



その後はまたたく間に、トレーナー室がキャットナイズされていった。
そんな言葉は多分ないが、そう言うほかない。

まず猫用のエサとエサ皿、それからトイレ。
冬が来て、暖房を切って帰っても寒さに震えずに済むようにそれぞれの寝床。
ファンヒーター前に敷くためのラグ。
室内でも運動できるよう、キャットタワーやおもちゃなどなど。

まあ、元々物がそこまで多くない部屋だったから別に問題はないし、猫たちも妙にわきまえているというか……こちらが息抜きをしている時にしか、ちょっかいを出してこない。
腕やキーボードの上に居座ることもなければ、書類や棚には近寄りもしない。
どうやらスカイが言い聞かせた言葉を理解して、ちゃんと守っているらしいのだ。
だから猫がいる、それ自体は別に構わない……のだが。


「あ、またソファで寝て……もうそろそろ肌寒い時期だろうに、まったく」

そんなことを呟きながら、ソファでお昼寝するスカイに毛布を掛けてやったところ。
体をよじ登り、頭の上に陣取った猫に、額をしこたま猫パンチされるという暴力沙汰が発生したのである。
解せぬ。

その後も、コタツを引っ張り出して休憩用のスペースを設けた時。
スカイの隣以外の辺を猫たちに占拠されたので、コタツを諦めてソファに座ろうとしたら、ズボンを咥えて引っ張られ、スカイの隣にお邪魔することになったり。

バレンタインデー。
俺にチョコを渡して走り去ったスカイが、猫に追い回されパンチされたり。

春を過ぎても、当然のように居座り続けてたり……と。


そう。
猫たちにとってトレーナー室は、すでに我が家も同然となっていたのだ。



十年二十年とトレーナーを続けていく気概は、ある。
だからこの部屋に居座り続けること自体は難しくはない……と、思う。

しかし、猫たちの世話をしているのはスカイだ。
現役を退いた後、猫たちを実家に連れ帰るかも知れないし、里親を探す手だってある。
手を出してくることもあるが、基本的には利口な猫たちだ。
もらわれた先でも上手くやっていけるだろう。

だが、果たして俺は。
猫たちも、スカイさえもいなくなったトレーナー室に、耐えられるのだろうか?
「トレーナー室、まこと広うなり申した」とこぼさずにいられるのだろうか?

すでに憂鬱だ。
心まで猫たちに乗っ取られてしまった。
そして、ため息なんて吐いていたからだろうか。
スカイにも、猫たちにさえも心配そうな目で見られてしまった。

「トレーナーさん、何か心配事でもあるんですか?」
「心配事というか何というか……」

濁してうやむやにしても良かった。
だが、それは不義理だ。
スカイの悩みに、心のうちに踏み込んだこともある。
だったら俺自身も、胸襟を開くべきだろう。

「実は、かくかくしかじか」

……心の内を語るのは、些か気恥ずかしいものがあったが、快いものでもあった。
悩みを話し、共有することで、心が軽くなったからだろう。
そして一通りの話を聞き届けたスカイは、俺の悩みに対し、こんな提案をしてくれた。

「だったら、引退後は私が近くに家を用意しますから、トレーナーさんも一緒にこの子たちと暮らす、なんてどうです?」
「え。すごいありがたいけど……プロポーズだと思っていいの? それ」
「……」


猫たちとスカイに、しこたまパンチされてしまった。



──ともあれ。
トレーナー室は猫たちに乗っ取られてしまったが。
これからはもっと気楽に、もっと楽しく過ごせそうな気がしたのだった。

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