新戸 2022/11/03 21:01

ウマ娘:風邪ひきトレーナー(タキオン編)

──風邪を引いてしまった。

自分の体調も管理できないトレーナーの言葉に、説得力はない。
だからなるべくオーバーワークにならないよう気をつけてきたし、
事実トレーナーになってからは大きく体調を崩さずやってこれた。
それが、窓を開けたまま寝たせいで風邪を引くとは。
迂闊と言うほかない。

いや、だが、急に下がる気温も悪いのでは?
ようやく涼しくなってきて、クーラーかける必要がなくなって。
外から入ってくる虫の声と草木の香りを楽しめるなと思ったのに。

急に、朝の最低気温5℃て。
チェックし忘れた俺も悪いけどさ。5℃て。
そりゃあ風邪を引いても不思議はないし、そうでなくても自律神経だって狂おうというもの。

……まあ、デキるトレーナーは常にエアコンで温度も湿度も管理してるらしいのだが。
風流人を気取ったのが間違いだった。

「一通り連絡もしたし……大人しく寝ておくか」

タキオンには風邪を引いたから今日は休むと伝えたし、同期には可能ならタキオンのトレーニングを見てくれと頼んでおいた。
同期にタキオンが御せるのか、タキオンが変なことをしでかさないか……色々と不安はあるが、信じて大人しく養生するとしよう。



………………

…………

……



「ふむ。体温は高いが、呼吸音に異常はなし。食事と解熱剤で様子見といったところか」
「ん……。タキオンか……?」
「おや、起こしてしまったようだね」

耳に馴染んだ声につられ、長く眠った時特有の浅く、気怠い眠りから浮上する。瞼を持ち上げれば、思った通りの人物がいた。

「……不審者みたいな格好だな」
「見舞いに来た私が後で風邪を引いたりしたら、君は自分のせいだと気に病むだろう?」
「まあ、うん」
「だからこうして、完全装備で来てあげたというわけさ」

お見舞いに来てくれたのは、他ならぬ俺の担当するタキオンだった。
口元は不織布のマスクで隠され、目元もゴーグルに覆われているが、間違いない。こんな目をしたウマ娘なんて、そうそう居るものではない。

「とは言え、さほどたちの悪いウイルスでもなさそうだ。君、腹でも出して寝てたのか?」

そんなことを言いながら、ゴーグルとマスクを外し始める。
まあ、タキオンがそう判断したってことは、大丈夫なんだろう。
単純に邪魔だっただけかも知れないが。

「……今朝、というか今日の未明。すごい冷えただろ?」
「ああ。確か最低気温が5℃、だったかな? 急に冷え込んだとあちこちで話してたが」
「ベッドの横のこの窓、開けたまま寝て……それでな」
「……これからは気をつけたまえよ?」
「……ああ」

しみじみ言われるのって、呆れられたみたいで辛いなぁ。



「モルモット君は、今日は何か口にしたかい?」
「いや、スポドリだけしか」
「食欲は?」

タキオンの問いに、目を閉じて己の腹具合を探る。
……空腹感は無いが、食べられないという感じもない。

「食べようと思えば食べられるくらいには」
「なら、軽めにしておこう」

そう言うとタキオンはキッチンの方へ行き、なにやらガサゴソし始めた。

「……え。まさか、料理? タキオンが?」
「そのまさかだが。君は私をなんだと思ってるんだ?」
「いや、だって」

研究の時間を確保するために、食材をミキサーにぶちこんで時短してたって、自分で言ってたじゃん。

「それを言うなら、まずは見舞いに来たことへの疑問を持ちたまえよ」
「う。……いや、すまん。ありがとう、助かる」
「なに。たまにはモルモット君の面倒を見るのも一興というものさ。それに……」

──これまでの研究の成果も、君が居てくれたからこそのものだし、ね。

キッチンにいるタキオンの表情は、ベッドの上からではわからない。
けれどその声は、とても優しい色をしていた。



「ごちそうさまでした」
「お粗末様。食べられるものになっていたようで何より」
「意外……って言うとアレだけど、食べやすいし、美味しかったよ」
「意外は本当に余計だよ」

出汁と塩味がいい感じのお粥に、トマトの酸味がきいた野菜スープ。
そして食後にレモン果汁入りのリンゴジュース。
水分量が多めのメニューだったのは、発汗を考慮してのことだろう。

「さて、食事も済んだことだしお薬の時間だ。……なんだい、その『ああ、やっぱり』みたいな顔は」
「いや……これでこそタキオンだよなーって思ったっていうか」
「心配しなくても、病人で実験するようなマネはしないさ。ただの解熱剤だよ」
「……解熱剤って、青く光るもんだっけ?」
「青いほうが涼しげだろう?」
「飲んじゃったらもう色とか関係ないのでは?」

などと言いつつ、渡された液体を一息で飲み干す。
解熱剤は、子供の時に飲んだシロップ薬のような味がした。



「それじゃあまた明日」

そう言って、タキオンは帰っていった。
孤独な環境ではないとは言え、一人暮らし。
風邪を引き、多少の心細さを覚えたりもしたが、そんなものはすっかりどこかへ飛んでいっていた。

「……今日中に治さないとな」

風邪が治らなければ、またお見舞いに来てくれるかも知れない。
けれど、それでタキオンの時間を奪うというのは、本意ではない。

明日会う時は、トレーナールームで。
そんな決意と共に布団を被り、早々に床に就く。
薬の副作用だったのだろうか。
日中あれだけ寝たというのに、不思議とすんなり眠れたのだった。

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