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アメリカ軍の記事(9)

SHA 2022年06月24日 17:00

「陸海軍全機特攻化」

1945年4月1日、日本軍で「陸海軍の全機特攻化」が決定。

同日、アメリカを含む連合国軍が沖縄本島に上陸を開始。

特別攻撃隊と迎え撃つアメリカ軍との間で激戦が繰り広げられる。

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SHA 2022年02月04日 07:24

【つらい】動画を作ると気分がへこむ【戦争】

悪い やっぱつれぇわ。

私は普段、歴史関係の動画を投稿しているのですが・・・

悪い やっぱ戦争ものはつれぇわ・・・


仕事や私生活で嫌な事があった状態で、悲惨な戦争とか事件のことを調べたりしていると、余計に落ち込んでしまう事が多いです。

また、コメントで私自身や、その他のものに対する暴言なども、やっぱつれぇわ・・・

例えば「B-29爆撃機」の様な動画を投稿すると、特定の国や人種などの暴言があって、嫌な思いをよくしています。

「B-29は日本を空襲した」という歴史があるので、どうしても怒りや憎しみがコメントに現れてしまうようです。

戦争モノあるある?

私の動画に限らず、その他の動画やネットニュース、SNSなどでも「戦争・歴史関連」の暴言を見てしまうと、やはり嫌な感じがします。

元々、デリケートなものを扱っているので、ある程度は仕方ないとは思うのですが・・・

私は歴史を調べるために、よくネットを利用しているので、そのような暴言をどうしても見てしまいます。


気分転換に別動画を…いや、でも…

別の動画を作れば済む話なのですが・・・

私のチャンネルで人気だったり、需要がありそうなのは、どうしても「戦争もの」になってしまいます。

ですので、「再生数・人気・需要」を優先すると、「戦争もの」を投稿せざる得ない状況になっています。


まあでも、自分優先で

でも辛いのは嫌なので、なるべく自分の作りたい動画を作ろうと思います。

また必要があれば、動画の内容によっては、以前と同じようにYoutubeのコメント欄も非表示にする予定です。


急に呪術廻戦の話をしても驚かないでね♥


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SHA 2020年11月20日 18:54

日本はB-29爆撃機にどうやって対抗したのか?

※これはYoutubeに投稿した動画を記事にしたものです。


今回は「日本軍はB-29爆撃機にどうやって対抗したのか?」を解説してみるぜ。
昔から名前だけは知っていたけど、詳しい事は分からなかったから…今回調べてみたぜ。
いつものように、歴史好きなド素人の解説だから、間違っている可能性があります。

「B-29 スーパーフォートレス」は、アメリカ軍の大型戦略爆撃機。
1942年9月、初飛行に成功。
B-29による日本本土への空襲が開始されるのは、1944年後半とされている。

「日本軍によるB-29迎撃」

「レーダーを使おう!」

日本軍のレーダー開発は、アメリカ、イギリス、ドイツなどの主要参戦国と比較すると、大きく遅れていた。
それでも陸軍は「超短波警戒機甲」と「超短波警戒機乙」の開発に成功。
1942年から「超短波警戒機甲」、1943年には「超短波警戒機乙」が優先的に日本本土の海岸線や離島に設置され、早期警戒網を構築。
一方で日本海軍のレーダー「電波探信儀」の配置は、前線のラバウルやウェーク島が優先される。
日本本土への配備はその後にされたが、設置された箇所は、海軍基地や軍港周辺に限られた。
レーダーの設置個所についても、陸海軍の連携はなく…
隣接した箇所に陸海軍がレーダーを設置する、など無駄が多かった。
それでも、B-29による日本本土空襲が開始される1944年後半には…
関東、中京、阪神の太平洋側と九州は、全周囲に渡ってレーダー網を構築できた。

しかし、日本軍のレーダーは、いずれも接近してくる航空機の高度や、護衛戦闘機の有無などまで探知することはできなかった。
また、「方向は大ざっぱにわかる」といった原始的なものであった。
そのため、レーダーを補うために、哨戒艇や目視監視哨戒といった「人の目」に頼るしかなかった。
しばしば、これら人の目による第一報が、レーダーよりも正確な情報となっていたという。

その他、探知だけではなく「火器管制レーダー」も配備を進めていた。
大戦初期にシンガポールで鹵獲したイギリス軍の「GL Mk.IIレーダー」をコピーしたり…
ドイツから地上設置型の対空レーダーである「ウルツブルグレーダー」の技術供与を受けたりした。
ちなみにこの写真は、ドイツより日本に技術供与された「ウルツブルグレーダーのD型」。
このウルツブルグレーダーを元に、「タチ1号」などの電波標定機を開発し、本土防空戦に投入している。

B-29が夜間爆撃を多用し始めると、日本軍は高射砲とサーチライトの照準を、射撃管制レーダーに頼るようになった。
各高射砲陣地には「タチ1号」などが設置されて、レーダーの誘導で射撃する訓練を徹底して行うようになる。
6基から12基で1群を編成するサーチライト陣地にも、レーダー、または聴音機が設置される。
レーダーや聴音機に制御されたサーチライトがB-29を照射すると、その他のサーチライトも目標のB-29を照らすようになっていた。
ちなみに、今でている写真は、1942年のイギリス海外領「ジブラルタル」におけるサーチライト

一方のアメリカ軍は

一方のアメリカ軍は「日本軍の射撃管制レーダーが、イギリス製のものを元に開発していること」をつかむ。
これに対し、B-29に電波妨害装置「ジャミング装置」を装備した。
そしてB-29に搭乗し、ジャミング装置を操作する特別な訓練を受けた士官を「レイヴン(ワタリガラス)」と呼んだ。
ところが…東京大空襲以降の作戦変更により、B-29が単縦陣で個別に爆弾を投下するようになると…
B-29は、多数の日本軍火器管制レーダーの焦点となり、機体個別のジャミングでは対応できなくなる。
そこで、アメリカ軍はB-29数機を、電子戦を重視して設計・装備した「電子戦機(ECM機)」に改造。
この電子戦機に、専門的にジャミングを行わせることとした。

その電子戦機のB-29には、18基にものぼる受信・分析・妨害装置が搭載された。
機体のあらゆる方向にアンテナが突き出しており、その形状から「ヤマアラシ」と呼ばれた。
この「ヤマアラシ」は、1回の作戦ごとに10機以上が最初に目標に到着。
その後、ジャミング装置を操作する士官「レイヴン」の操作で、電波妨害を行う。
この電波妨害で、サーチライトや高射砲を撹乱、聴音機に対しては、エンジンの回転数をずらしてエンジン特性を欺くなど…
爆撃を援護し、最後まで目標に留まった。

「戦闘機で対抗」

1945年1月まで、日本軍戦闘機による「B-29への迎撃」は、執拗に行われたとされる。
特に二式戦闘機「鍾馗」、三式戦闘機「飛燕」、そして「雷電」はB-29にとって危険な存在だった。
爆撃後…背後から襲いかかられ、一度に10数機が被撃墜・不時着することもしばしばあった。
B-29搭乗員に恐れられたのが、日本海軍のクラスター爆弾の一種「三号爆弾」。
B-29パイロットは、炸裂後の爆煙の形状から、白リン弾と誤認。
三号爆弾を「いやな白リン爆雷」と呼んで、空中で爆発すると、凄まじい効果があった…と回想している。
第三三二海軍航空隊に所属し、零戦52型でB-29を迎撃した「中島又雄」中尉によれば…
「三号爆弾は命中させるのは非常に困難であったが、なかには7機のB-29を撃墜した搭乗員もいた」という。
また、撃墜できなくとも、B-29の編隊を乱して、損傷したり落伍したB-29を、集中して攻撃できる…という効果もあった。

しかし、空冷エンジンの機体が圧倒的に多く、高高度性能が劣る日本軍戦闘機は…
当初、高高度の精密爆撃を主戦術としていたB-29の迎撃に、とても苦労していた。
本土防空戦で主力機の1機となった「二式戦闘機・鍾馗」の場合も…
武装や防弾鋼板、燃料タンクの防弾ゴムなど、不要な部品を取り除いても、B-29の通常の来襲高度と同じ水準の10,500mまでしか上昇できなかった。
また…一瞬のうちに接敵するため、照準が困難であり…
一度攻撃に失敗すると上昇姿勢となるため、急速に失速し、B-29の銃座から恰好の目標になってしまう。
うまく離脱できても、高高度でのB-29と、鍾馗の速度差から再度の攻撃は難しかった。

B-29の来襲機数が増加する1945年3月以降は…
日本軍は、沖縄での航空作戦に戦力の過半数を投入していた。
これにより、本土防空戦への日本軍の戦闘機投入数は、B-29の増加数には見合わないものだった。
また、1945年4月以降に攻略した硫黄島から「P-51 マスタング戦闘機」が日本本土に向けて飛来すると…
本土決戦に向けて戦力温存をはかっていた日本軍は、損害に対して戦果が少ない小型機相手の迎撃は回避するようになり、迎撃回数はさらに減少していった

「エース・パイロット」

対B-29の本土防空戦は、陸軍航空隊が中心となって戦ったので、陸軍航空隊に多数の「対B-29エース・パイロット」が誕生した。
特に九州において「二式複座戦闘機・屠龍」で戦った飛行第4戦隊と…
首都圏にて「三式戦闘機・飛燕」などで戦った飛行第244戦隊の所属搭乗員がトップを占めた。
しかし、撃墜数の申告は、敵側の損害記録と突き合わせると…過大であることも多かった。

また、九州では、陸海軍の数機がB-29に体当たりを成功させている。
高高度性能に劣る日本軍戦闘機では、確実にB-29を撃墜できるのは体当たり以外にはないと考えられ…
陸軍の「震天制空隊」など空対空特攻部隊が編成され、通常の戦闘機による迎撃に併せて、B-29の迎撃に投入された。

高射砲はいいぞぉ…

戦闘機による迎撃回数の減少に伴い、1945年の5月頃から、対B-29戦の主力は高射砲となる。
日本の高射砲戦力の主力を担っていた「八八式七糎野戦高射砲」などでは、射高不足であり、B-29をなかなか捉えることが出来なかった。
しかし…作戦変更により、B-29の爆撃高度が下がると、高射砲でも捉える事が出来て、B-29の損害は増大。
アメリカ軍の狙いは、爆撃高度を下げれば、ジェット気流の影響を受けないこと…
エンジン負荷軽減で、燃料を節約し多くの爆弾を積めること…
高高度よりも、爆撃が正確に命中すること…
高高度爆撃では、晴れた日を待つ必要があったが…爆撃高度を下げれば雲の下を飛行すればよく、出撃日を増加できた。
そして、「高射機関砲が少ない日本では、爆撃高度を下げても損失率は上がらない」と見積もった。

その一方、首都防空担当の高射第1師団にいた「新井健之」大尉は…
「高度の低いときはかなり当たった。本当は高射砲が落としたものなのに、防空戦闘機の戦果になっているものがかなりある。」3月10日の下町大空襲のときなど、火災に照らされながら低空を飛ぶ敵機を相当数撃墜した」と発言している。
また、東京大空襲を指揮し、日本軍の戦闘機による迎撃を過小評価していた「カーチス・ルメイ空軍大将」も…
高射砲に対してはかなり警戒していた


…っとまあ、日本軍とB-29の戦いについて、ざっと調べてみたが…
アメリカ軍の作戦変更で、B-29の爆撃高度が下がったこともあって、それなりに対抗できていたが…
ドイツに比べると防空システムは弱い…っていう印象だったな


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SHA 2020年04月14日 20:01

日本が母港の米空母ロナルド・レーガン

レーガン大統領

「ロナルド・レーガン」は、ニミッツ級航空母艦の9番艦で、2003年7月12日に就役。
レーガン元米大統領の妻であるナンシー・レーガンによって命名された。
ニミッツ級に命名された他の人物と違って、レーガン元大統領は、その任期中に最高司令官であった以外に、海軍との関係はなかった。
けど、レーガン政権下では…ソ連に対抗して「軍艦いっぱい作ろうぜ計画・600隻艦隊構想」もやっているから…完全に海軍と無関係ってわけじゃないと思うよ…
ちなみに…この計画によって、1987年には594隻もの軍艦を保有していた。

日本が母港

このレーガンの母港は、神奈川県の「横須賀海軍施設」であり、アメリカ国外では、唯一空母の母港として機能している。
これまでに横須賀を「事実上の母港」としてきた空母は、全部で5隻存在する。
「ミッドウェイ(1973年 - 1991年)」、「インディペンデンス(1991年 - 1998年)」、「キティホーク(1998年 - 2008年)」、「ジョージ・ワシントン(2008年 - 2015年)」、そして、ロナルド・レーガン。
横須賀に配備する空母に関しては…対日感情に配慮し、「第二次世界大戦で活躍したアメリカ海軍将校の名前は避けるなど」の措置が取られている。

横須賀って何だよ

横須賀は1903年以降、大日本帝国海軍により「横須賀海軍工廠」として利用され…海軍軍法会議所や横須賀鎮守府などの施設が置かれた。
日本の敗戦後の1945年9月2日…日本を占領下に置いた連合国軍の1国であるアメリカ海軍に接収され、これらの施設はアメリカ海軍が使用した。
連合国軍による占領終了後…
1952年4月28日に発効した「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約(旧安保条約)」の批准を受けて、アメリカ海軍がそのまま利用。
生活・娯楽施設などを拡充させ、現在に至っているよ。
2019年12月18日 横須賀・アメリカ海軍「第7艦隊」の管理内

ミサイル付き

レーガンはニミッツ級として初めて、近接防御システムに、「CIWSファランクス(後に装備)」に代わって、「RAM(RIM-116)」を2基装備している。
「RAM」とは、アメリカとドイツが共同開発した近接防空ミサイル。
技術や基本設計は、既存のミサイルから流用されている部分が多いため、1978年にさっそく最初の試射が行われた。
レーガンのような空母以外にも、駆逐艦や揚陸艦などに装備されている。

台風や地震

2008年6月にフィリピンに上陸した「平成20年台風第6号・フンシェン」。
レーガンは、この台風の被害に遭った地域へ、救援活動を行った。
「ヘリコプターSH-60 シーホーク」や「輸送機C-2 グレイハウンド」を使って、米・真水などの物資を災害地域に届けた。

2011年3月11日の東日本大震災後…他7隻の艦船と共に、支援活動「トモダチ作戦」開始…関東〜東北沖に出動。
米韓合同演習のために西太平洋を航行中であったロナルド・レーガン空母打撃群は、震災2日後の3月13日には、海上自衛隊との震災対応に関する作戦会議を実施。
レーガン空母打撃群は、自軍の艦載ヘリコプターと、自衛隊のヘリコプターのための洋上給油拠点として運用された。
さらに、レーガンの将兵からは、毛布やセーターなど1,000着以上の寄付が行われている。

感染者

2020年3月…横須賀海軍施設に、停泊中のロナルド・レーガンにおいて…乗組員2人が、新型コロナウィルスに感染している事が判明した。
横須賀市の公式ホームページによると、「日本に勤務する初の米軍関係者のコロナウィルス感染者」と、書かれている。
また、その感染者は3月26日現在、基地内で隔離中であり…患者の症状から、アメリカ国内で感染したもの、と見られている。
その他…「空母ニミッツ、セアドア・ルーズベルト、カール・ヴィンソン」、「強襲揚陸艦ボクサー、エセックス」などでも感染が確認された。

アメリカ以外では、フランス海軍の「空母シャルル・ド・ゴール」でも、感染が判明。
2020年4月、大西洋上で行動中…1760人のスタッフのうち、50人の陽性患者が存在することが分かった。
その中の3人が、フランス南東部「トゥーロン」の病院まで空輸された。
4月12日には、シャルル・ド・ゴールがトゥーロンに停泊…14日間の検疫を行う予定となっている。

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世界大戦はヤバい人がいっぱいだった。https://www.dlsite.com/home/work/=/product_id/RJ150529.html



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SHA 2020年04月08日 13:33

戦争・難民・コロナ「マーシーの戦い」

「マーシー級病院船」

「マーシー級病院船」とは、アメリカ海軍の病院船の艦級。
病院船とは…病気・ケガをした人、難船者に援助を与え、治療と輸送を目的とした船舶のこと。
元々は、アペックス・マリン社の「サン・クレメンテ級タンカー」で、それを改装して出来上がったのがマーシー級。
1983年度予算で「ワース」が改装されて「1番艦マーシー」となり、翌年度予算で「ローズ・シティー」が改装されて「2番艦コンフォート」となった。

基本設計は、タンカー時代のものが踏襲しているけど、上部構造物は大幅に追加されている。
船体中央部には、ヘリコプター甲板が設けられており、2隻の小型ボートも搭載している。
1,000床の病床に加えて、手術室12室やコンピュータ断層撮影(CT)装置など、充実した医療能力を備えている

通常は、アメリカ東海岸と西海岸に1隻ずつ配備されており、少数の民間人スタッフで維持されている。
基本的に、岸壁に係留されるか…港湾内に停泊して待機し、外洋には、機関の整備と点検のために年7日ほど航海するのみ。
出動の際は、医療スタッフや支援スタッフを招集・乗船させる手はずで、出航まで5日ほどかかる予定となっている。

1番艦マーシー

お次は、「1番艦マーシー」を解説してみるよ。
元々、石油タンカーの「ワース」だったマーシーは、病院船に改造され1986年11月に就役。
1987年2月27日、フィリピンと南太平洋に向けて、演習および人道支援の航海を開始。
スタッフには、陸海空軍の現役兵士や、予備役の人も含まれていたよ。
フィリピンの7つの港、南太平洋の7つの港で、62,000人以上の外来患者と、約1,000人の入院患者が治療を受けた。

1990年8月9日、湾岸戦争に参加。
6ヶ月間にわたって、多国籍軍への医療支援を行い、690名の患者を受け入れ、300件にも及ぶ手術を実施。
ちなみに湾岸戦争では、多国籍軍が240から392名が死亡し、776名が負傷…クウェート軍は4200名が亡くなっている。
交戦国のイラク軍は、20,000から35,000名が亡くなった。
また、民間人にも、数千人以上の死亡・行方不明・負傷者が出ている。

2018年6月10日、マーシーは横須賀に寄港。
これは「災害発生時に、医療拠点として船舶の活用」を検討している日本政府が招致したもの。
14日には、海上自衛隊の自衛艦隊司令部、潜水医学実験隊、「潜水艦救難艦ちよだ」、アメリカ海軍の第7艦隊司令部なども参加した日米衛生共同訓練を実施。

2020年、アメリカ国内で新型コロナウイルスの感染が拡大したことを受け、3月27日までにマーシーがロサンゼルスに到着。
コロナによる肺炎患者のベッドを確保するため、肺炎以外の治療を受けている患者の移転、療養先として使われている。
日本の厚生労働省のホームページによると、2020年4月6日現在のアメリカ国内におけるコロナウイルス感染者数は、30万人を超えている。
死者も9千人を超えており、「病院船マーシーのベッドだけでは足りない」という声もある。


2番艦コンフォート

最後に、マーシー級病院船の「2番艦コンフォート」を解説するよ。
コンフォートも、マーシー同様、湾岸戦争に参加。
8000人を越える外来患者を治療し、「強襲揚陸艦イオー・ジマ」の蒸気漏れ事故によって負傷した4名の兵士を含む700名を収容した。
2100回を超えるヘリコプターの離着艦、1600もの眼鏡の作成、80万食に及ぶ給食、CTスキャンを含む1340回のX線検査などを行った。

1994年6月、「ハイチ難民のための手続きセンター」として展開する「シー・シグナル作戦」に参加。
928名の軍人、様々な政府機関職員、国際機関職員を乗船させ、カリブ海へ出発。
1ヶ月に及ぶ活動で、乗艦した難民は1100名に及んだ。

2001年9月11日の「アメリカ同時多発テロ事件」発生時にも、医療支援をしていた。
コンフォートには、561名の切り傷、呼吸器疾患、骨折およびその他の軽傷を負った患者が、治療に訪れた。
また、コンフォートの心理学チームによる、500件の精神衛生相談を実施。
ニューヨークのマッサージ・セラピストのボランティアを受け入れ、1359件の医学治療マッサージも行った。

その他にも、アメリカ南東部を襲った「ハリケーン・カトリーナ」や、2010年の「ハイチ地震」の際にも、医療支援をしている。
そして、2020年3月…コンフォートはニューヨーク州へ出動。
ニューヨーク内の、コロナによる肺炎患者のベッドを確保するために、肺炎以外の患者の移転先、または療養先として使用している。


日本の場合

ちなみに…現在の海上自衛隊には、「病院船」が在籍していない。
だけど、「特務艦はしだて(迎賓艦)」や潜水艦救難艦が、有事や災害時の医療機能を考慮して設計されているよ。
「特務艦はしだて」は、国内外の賓客を招いての式典や、海上自衛隊を訪問した諸外国の将校との会議・会食、マスコミやメディア関係者との懇親会などを行う艦艇。

この「はしだて」には、阪神・淡路大震災以降、重視されている災害派遣における医療支援機能や救難指揮機能を有している。
会議室は災害時の対策本部として運用可能で、パーティー用スペースはテントを張って、マットレスを並べることで臨時の医療室とすることができる。
休憩室も、折り畳みベッドを並べて、病室とすることができる。
これら医療支援任務に用いられる医療器具は、はしだての備品として常に搭載されている。

もう1つの「潜水艦救難艦」は、海中で遭難・浮上不能になった潜水艦などの乗員救助の任に当たる艦のこと。
海上自衛隊の「潜水艦救難艦・2代目ちはや」は、医療機能が充実しており、手術室やX線撮影室が存在する。
さらに…救助した乗員のために80名分の居住区を確保しているが、ここは「病室への転用」も考えられた作りになっている。

その他、「おおすみ型輸送艦」、「ひゅうが型護衛艦」、「いずも型護衛艦」にも、陸上自衛隊の「野外手術システム」を搭載することで、高度な医療機能を有することが可能。
自衛隊には、アメリカみたいな病院船はないけど、医療設備が整ったお船がちゃんとある…ってことだね。


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世界大戦はヤバい人がいっぱいだった。https://www.dlsite.com/home/work/=/product_id/RJ150529.html


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