Language

  • 日本語
  • English
  • 简体中文
  • 繁體中文
  • 한국어

Translated by machine

投稿記事

アメリカ系の記事(8)

SHA 2019年03月08日 14:03

アメリカ「日本に対抗して戦艦作るぜ」⇒アメリカ「…忘れてくれ」







モンタナ級戦艦



アメリカで計画されていたクソデカ戦艦。



排水量は約6万3千トン、全長が約280mであり、大和型戦艦に匹敵する大きさだった。



全幅も37mに達するため、パナマ運河の幅を拡げて通航可能にする予定であった。



1930年代に日本が軍縮条約から脱退し、「何かあいつら馬鹿でかい戦艦を作るっぽい」という情報をキャッチしたアメリカ軍は…



日本の戦艦に対抗するため、デカい砲塔を付け、攻撃力はあるけど速度を抑えた「低速戦艦」と…



日本の金剛型戦艦に対抗した、速くて空母の護衛的な役割を果たす「高速戦艦」の2つの建造案を検討した。



この2つの案は「低速戦艦」が後のモンタナ級、「高速戦艦」が後のアイオワ級として発展していく。



しかし…このモンタナ級の案は、なかなか固まらなかった為、すでに建造が始まっていたアイオワ級の建造が優先された。






そして、いざ第二次世界大戦が始まると…戦艦よりも「空母や潜水艦、揚陸艦など」が必要とされるようになる。



結果、1942年4月には、ルーズベルト大統領からモンタナ級の建造計画の中止命令が下された。



海軍からは「アイオワ級2隻の追加建造を取り止め、モンタナ級を建造すべきだ」という声も上がったが、決定が変わる事はなかった…。




・メキシコ「糞デカ戦艦の建造はどうしたんでちゅかww?」



・アメリカ「SHUT YOUR FUCKING MOUTH.」



・カナダ「↑今は戦艦の代わりに壁を作るんですね?分かります。」







・アメリカ「新作が出来たぞー買ってねー!」







―――――――――








この記事が良かったらチップを贈って支援しましょう!

チップを贈るにはユーザー登録が必要です。チップについてはこちら

\いいね・ツイートで記事ランキングアップ!/
ツイート

SHA 2019年02月27日 12:19

最強の戦艦ってなんだろうね?







この記事は2ちゃんねる、4chan、Youtube、ツイッター、色んな海外サイトなどのコメントを参考に制作しています。

さあ!今日は各国が「最強の戦艦」について雑談するよ!


▶日本さん:
史上最強の戦艦と言えば、何でしょうか?



やはり「大和」とか「アイオワ」などになるのでしょうか?

――――――
▶ドイツさん:



条件次第で勝ち負けは変わる。



アイオワと大和なら・・



晴天の真昼間に正面から打ち合いなら「大和」が優位の可能性が高いが・・・



荒天で視界不良なら、「アイオワ」有利だろう。

――――――
▶アメリカさん:
「何処で戦うか?どんな状況下で戦うか?何を積むか?」によるな!



外洋で戦ったら地中海戦用に造った戦艦は正直、勝負にすらならない。

――――――
▶イタリアさん:
>>アメリカさん
テメー俺らの戦艦ディスってんじゃねーぞ?
――――――

▶ロシアさん:
アイオワ級は空母の随伴艦としては優れているけど、
純粋な戦艦としてはサウスダコタ級の方が上じゃない?
――――――

▶イギリスさん:
ヒストリーchとか、ディスカバリーchなんかでよく戦艦のランキングとかやってるけど、大体「アメリカTUEEEE」な結果だしなぁ…
――――――

▶アメリカさん:
>>イギリスさん
事実、強いもんっ。
――――――

▶カナダ:
功績とか軍艦としての役割を考えたらアイオワが一番だと思うよ。



そういう事を考慮しなければ、まぁ大和が史上最強だろうけど。



にしても、超大和級が作られることがなかったのは残念だね -_-
――――――



▶インドさん:
戦艦のことはよく分かりませんが、日本の「長門」とドイツの「ティルピッツ」。





この2つは、ちょいちょい強いような気がします。
――――――

▶中国さん:
「同一条件」ってのが前提だろうから・・・



カタログスペック入れてシミュレーションでもすればある程度は出る、



だが現実は、戦況、練度、装備、その他諸々があるため・・正確な結論は出ない。



まあ、普通にアメリカの戦艦が強いんじゃね?
総合的にみて。
――――――

▶メキシコさん:
とりあえず最強は「大和」か「アイオワ」!



ただ史実の大和は、あまり活躍しなかったから…



「より活躍した戦艦」って考えると、アイオワが強いかもな。



ただ、スペックとか数字を見ると、大和の方がちょい上…とも言える。
――――――

▶フランスさん:
ああー!もうこの話はこれでおしまい!
寿司食いに行こうぜ!
――――――


**



これからも「動画の投稿など」の活動を続けていくため、
商品購入で支援をお願いします。








―――――――









この記事が良かったらチップを贈って支援しましょう!

チップを贈るにはユーザー登録が必要です。チップについてはこちら

\いいね・ツイートで記事ランキングアップ!/
ツイート

SHA 2019年02月24日 21:46

台湾と中国海軍

―――――――――

・アメリカ「台湾と中国の歴史・関係性を知りたい。」
・イギリス「そんじゃ、今東アジアで最も熱い中国海軍を中心に、台湾と中国について解説してみるぜ。」

現在の中国の海軍「中国人民解放軍海軍」は、1949年に人民解放軍の中で艦艇を装備していた部隊が「解放軍海軍」として独立し、発足。



当初は、「旧日本海軍の砲艦・海防艦」や
ソ連からの魚雷艇やジェット戦闘機を使用していた。



日中戦争後…中国国民党(中華民国)との内戦である「第二次国共内戦」が勃発。



この国共内戦において、国民党軍は陸戦で敗北し、台湾へ逃れることになったが…



国民党軍は、旧日本海軍のものとアメリカからの駆逐艦を保有しており、
中国周辺海域の制海権を保っていた。



また、朝鮮戦争の勃発後は、
アメリカ海軍の艦隊が黄海や台湾海峡で活動するようになった。



「強い軍艦ないとマジでやばぁい」と考えた共産党は、ソ連から駆逐艦を購入。



「鞍山級(アンシャンキュウ)」と名付けられた4隻の駆逐艦は、「北京を含む中国東北部の沿岸への敵艦隊の侵入を阻止する」という重要な役割を担った。









こんな感じで、共産主義の影響拡大を図るソ連が中国共産党を支援し…



それを阻止するため、アメリカが中華民国を支援していた。




そんなこんなで…中華民国との島の攻略戦では、勝利する事も多かった解放軍だが…



1985年の「金門砲戦」では、中華民国側がアメリカ製の「サイドワインダー空対空ミサイル」を用い、解放軍の戦闘機11機を撃墜するなど、反撃にあう事もあった。



この金門砲戦を最後に、共産党と中華民国との間に戦いは起きていないが…
停戦協定や平和条約の締結は無かった。




1996年…台湾(中華民国)の総統選挙で民主派の「李登輝(り とうき)」が
優勢になると…



台湾の独立に強く反対する中国は、これをけん制するため、
ミサイル演習を台湾近海で行う。
この事件は「第三次台湾海峡危機」などと呼ばれる。



これに対し、アメリカは「空母ニミッツ」や
「インディペンデンス」などの機動部隊を派遣。



この軍事行動の結果、中国は「アメリカ軍やばくね?」と感じたようで…
アメリカとの交渉が行われた。
交渉の結果、中国は軍事演習を停止。
アメリカは部隊を撤退させる。



この事件の後、中国海軍は「アメリカ海軍のヤバさが『言葉』でなく『心』で理解できた!」と考え始め、アメリカに対抗する形で軍備増強を加速。



ロシアから駆逐艦、ウクライナから空母…などを購入した。


・パキスタン「このウクライナの空母が後の“遼寧(りょうねい)”になるわけか。」
・中国「ウム。」
・パキスタン「話は変わるけど―――」
・中国「空母は売らないから。」
・パキスタン「(´゚ω゚`)ショボッ」








----------

今後の活動のため、購入をお願いします↓





空母はないけど、「これ」は売ってる。









----------――


この記事が良かったらチップを贈って支援しましょう!

チップを贈るにはユーザー登録が必要です。チップについてはこちら

\いいね・ツイートで記事ランキングアップ!/
ツイート

SHA 2019年01月30日 01:59

アメリカはどうやって「戦艦大和」を沈めたのか?

アメリカはどうやって「戦艦大和」を沈めたのか?

・カナダ「金と暴力。」
・イギリス「ある意味正解。」
・アメリカ「今回はこの俺が“どうやって戦艦大和を撃沈させたのか?”を解説してやるぜ!」


1941年9月20日頃の大和。
チョーかっこよくね?




1944年10月、戦艦大和は「レイテ沖海戦」に参加するが…



この海戦における大和の活躍は、色んな説があるんですよねー!



10月25日午前7時…フィリピン中部サマール島沖にて、アメリカ護衛空母艦隊を発見し、大和は他の艦艇と共同して水上射撃による攻撃を行う。



この戦闘で、大和は主砲弾を32,000mの遠距離から104発を発射。



砲弾が「空母ホワイト・プレインズ」に命中し、煙が出た…という説がある一方…



アメリカ軍側の記録では、ホワイト・プレインズは命中の危険が迫ったために、「煙幕を展開した」としている。



また、大和ではなく…戦艦「長門、金剛、榛名からの攻撃」を受けて、煙幕を張った…
という説もある。



結果として、大和は沈まなかったが…レイテ沖海戦は日本の敗北で終わり、姉妹艦「武蔵」も沈没してしまった。 レイテ沖海戦で沈んだ大和型戦艦「武蔵」




このレイテ沖海戦での敗北によって、日本海軍の連合艦隊が事実上壊滅。
日本軍は完全に補給を断たれる。



一方、アメリカを含む連合軍はフィリピン各地に飛行場を設置し、航空機による通商破壊を本格化。日本の南方航路を封鎖した。



日本はインドネシアの油田地帯などを依然として確保していたが…



シーレーン(海上交通路)の遮断により燃料供給を断たれ、大和を含む艦隊の行動はおろか、航空機を飛ばすことすら難しくなった。






そしてついに…大和の海上特攻を含む「天号作戦」が開始される。



「天号作戦」とは、連合軍の進攻に対して、作戦方面を東シナ海周辺および南西諸島方面に指向し、航空兵力を主力として打撃を与える作戦のこと。



この天号作戦は、九州方面へのアメリカ海軍機動部隊の来襲を受けて、1945年3月20日に大本営から命令が下り、3月26日に連合艦隊により、沖縄方面の航空作戦である「天一号作戦」が発動された。






この天一号作戦の概要は、沖縄防衛の支援であり…



その航程で、「アメリカの戦闘機を大和攻撃隊に振り向けさせ、特攻機への邀撃を緩和」させることである。



その一環として、大和と「軽巡洋艦1隻」、「駆逐艦8隻」からなる第一遊撃部隊は沖縄方面に出撃した。



そしてこれを「暗号傍受・空中偵察・潜水艦」からの情報で、大和出撃のほぼ全容を把握していたアメリカ海軍がそれを迎撃することになる。




当初、「第5艦隊司令長官レイモンド・スプルーアンス大将」は戦艦による「大和迎撃」を考えていた。



そのため、第54任務部隊を指揮する「モートン・デヨ少将」の戦艦部隊に迎撃を命じた。



同時に「艦隊には航空部隊も連ねている」とも推測したスプルーアンスは、マーク・ミッチャー中将の指揮する機動部隊に「空からの脅威に対処」するよう命じた。




左を見ているレイモンド・スプルーアンスの写真






4月7日、大和迎撃を命じられたモートン・デヨは、幕僚を集めて緊急の作戦会議を開く。



会議の結果…デヨが指揮する「第54任務部隊」では、大和迎撃部隊に参加する艦と、残留する艦の艦名が発表された。



前者に属した艦では乗組員が踊り狂い、後者では選ばれなかった不平をぶちまけた。



その日の夜…54部隊の「戦艦メリーランド」に特攻機が突入し、3番砲塔が使用不能に陥った。



だが、メリーランドの艦長も乗員たちも、大和との対決を望んで戦列を離れようとせず、デヨから報告を求められた際に「戦闘に支障なし」と嘘をついて損害を隠している。



「お前らどんだけ大和と戦いたいんだよ!」って感じだよねー?



だが、実際には…その日の昼ごろ、マーク・ミッチャーの機動部隊によって、大和は撃沈していたのだ…。





大和との戦いを「横取り」されたモートン・デヨ





ミッチャーは、スプルーアンスとデヨの会話を傍受しており、手柄を横取りする気だったのかは謎だが…「航空機で大和を撃沈しよう」と決心していたようである。



また、1944年6月のマリアナ沖海戦前後から…スプルーアンスはミッチャーに「自己の作戦計画にある程度沿う」という条件付きで、「独自の判断で戦闘を行ってよい」という権限を与えていた。



そんなこんなで…攻撃隊の発艦準備を整えたミッチャーは、スプルーアンスに対し「貴官において攻撃されるや、あるいは当方において攻撃すべきや」と打電した。



スプルーアンスは即座に「You take them(君がやれ)」と返信したが…



この返信が来る前に、ミッチャーは攻撃隊を発進させた。



その結果、ミッチャーが指揮する第58任務部隊機の波状攻撃により「大和」は撃沈した。



「大和」撃沈の報を聞いたデヨは、スプルーアンスの下に駆け込んで「ミッチャー中将は命令違反であります!」と猛抗議。



一方のミッチャーも「大和を航空機で撃沈することは、アメリカ海軍の将来は航空戦力にかかっている…と証明することにもつながると考えていた。」と発言している。





大和を沈めた指揮官マーク・ミッチャー





ともかく…こうして、1945年4月7日の14時頃…戦艦大和は沈んだ。



そして、その後のアメリカ軍は…大和の特攻と並行して行われた「菊水作戦」によって、日本軍の神風攻撃の洗礼を受ける。



一方の日本軍は、さらなるアメリカの猛攻と空襲に苦しめられることになった。


-------------------------------------------------------------------


今後の活動のために購入をお願いします↓







「黒ヒゲ、東郷平八郎、山口多聞」とかが出てくるヤツ








宇宙人とかアメリカ海軍が出てくるヤツ



















この記事が良かったらチップを贈って支援しましょう!

チップを贈るにはユーザー登録が必要です。チップについてはこちら

\いいね・ツイートで記事ランキングアップ!/
ツイート

SHA 2018年09月12日 21:08

ハワイ「タスケテェ!?」⇒日本「お、おう」

かつて、ハワイには王様がいて「ハワイ王国(1795年から1893年)」と呼ばれていた。



そんなハワイには、アメリカ合衆国からの入植者が増えていた。



その影響で、ハワイ王国はサトウキビ栽培や輸出などによって経済的に力をつけ始めた。



やがてハワイでは、より親米的な政治を求める声が、経済界などから強くなるよ。






そして1887年…共和制派によるクーデターが起こり、ハワイ国王のカラカウアは「修正憲法(銃剣憲法)」の成立を承認することになっちゃうよ。



この憲法は親米的ではあったけど、「アジア系移民の投票権の剥奪、先住ハワイ人の投票権・資産などの一定の基準を設定」といった不平等な一面もあった。

それに対し、裕福なヨーロッパ・アメリカ系、ハワイ人エリート、白人などは普通に選挙権を手にしたままであった。

・中国「金持ち、欧米人、白人が得をし、アジア人が差別される…お決まりのパターンでアル!」
・アメリカ「そんな単純な問題じゃない。事態はもっと映画『インセプション』の様に複雑なのだ。」
・日本「銀河英雄伝説よりは、複雑じゃないですよね?」
・アメリカ「あぁ?なんだそりゃ。」
・日本「名作ですよッ。」



この憲法を不満に感じたハワイ王国の王政派は、これを撤廃しようとする動きをみせた。



そんなわけで、「共和制派(親米派)」と「王政派」の対立が深まるよ。







かくして1893年1月…共和制派が、アメリカ海兵隊の支援を得てクーデターを起こし、王政を打倒して「臨時政府」を樹立。



この臨時政府を、日本、中国、ロシア、イギリス、メキシコなどの国々は事実上の政府として承認したけど…



この共和制派の強引なやり方に、ハワイはもちろん、クリーブランド米大統領を含むアメリカ国内でも否定的な意見が出たよ。




-ハワイ併合などに否定的であり、
体重が110㎏だった時もあるグロバー・クリーブランド米大統領-







その後、ハワイ王政派は日本に援助を求め、修好通商条約の対等化を申し出た。



日本政府は条約の対等化を承認。



そして日本は、アメリカによるハワイ併合の動きを牽制するため…



1893年11月に「ハワイの邦人保護」を理由に東郷平八郎が率いる巡洋艦「浪速」と他2隻をハワイに派遣。

・中国「つまり、日本もハワイの権益を狙っていたと…?」
・日本「この時の明治政府が、どこまでハワイの権益などを重視していたかは、よく分かりませんが…日本に限らず、昔から欧米諸国がハワイを狙っていたそうです。」

・イギリス「オレもww」
・フランス「俺もだ。」
・スペイン「じゃあ、俺も。」
・アメリカ「Me too!」
・ハワイ「止めろォ!」



日本の軍艦はホノルル軍港に停泊し、共和制派(クーデター勢力)を威嚇したよ。



これに「王政派のハワイ先住民らは涙を流して歓喜した」と言われる。



最終的には、1894年3月に日本の軍艦は撤収しちゃうけどね。



この日本の動きは、「アメリカへの牽制に一定の成果をあげたけど、かつての親日的なハワイ王国政府を復活させることはできなかった」と評価されているよ。






・中国「こちらの作品を3つ購入した方だけに、ワイキキビーチをプレゼント!今ならセットで日本の軍艦も付いてくる!」
・日米「↑やめろォ!」







―――――――――






この記事が良かったらチップを贈って支援しましょう!

チップを贈るにはユーザー登録が必要です。チップについてはこちら

\いいね・ツイートで記事ランキングアップ!/
ツイート
« 1 2

月別アーカイブ

記事を検索