Only with you
明けない夜はないとか、やまない雨はないだとか。
そんな言葉で慰められ、そんな言葉を励みにできる人って、いったいどんな人なんだろう。
朝は嫌いだ。もっと眠っていたいのに、なんにも楽しくない一日を始めるために頑張って起きなければならない。昼なんてもっと嫌い。うるさいやつらと関わらなきゃいけないから。夜は静かでいいけれど、ぼくは暗いのが苦手だ。
今日は晴れとか雨とか曇りとか、天気に好きも嫌いもぼくにはないし。
だからそう、そんな言葉はまったく、1ミリも、ぼくには響かない。
「今日の司祭の話はそんなに気に食わなかったか」
「今日のって言うか……気に食わないって言うか……なんかさあ」
朝のミサの途中、ぼくはみんなの前でふらついて見せた。
すると心配したシスターが駆けつけ、寄り添いながら今いるここ、保健室まで送り届けてくれた。
ぼくは何も言っていない。ただ保健室に連れてこられたから、保健室の先生と会話をしているだけ。
「ぼく向けじゃないんだよ。ぼく向けじゃない言葉をさ、なんでぼくが真面目に聞いて受け入れなきゃいけないわけ? 朝が来たから何? 空が晴れたから何? それは朝と晴れが好きな人のためだけの言葉じゃん」
保健室の奥にあるソファとテーブルは、教室での学習が難しい生徒のために用意されたものだ。
すぐ側にある本棚には教科書が並んでいる。
ノートを広げてペンをカチカチと鳴らすと、先生がマグカップをふたつ持ってぼくの隣に座った。チョコレートの香りが漂う。
「ホットチョコレートだ」
「……どうも」
ぼくがマグカップを受け取るのを確認してから、先生はホットチョコレートをひとくち飲んだ。
その何気ない動作に、じくりと火傷をしたときの、熱いような痛いような感覚がぼくの胸の奥で生まれる。
なんだか恥ずかしくて、ぼくも渡された黒猫のマグカップに口をつけた。ちょうどいい甘さと熱さだ。
「朝も昼も夜も、お前は嫌いか」
「嫌いだね」
「じゃあホットチョコレートを飲む時間は?」
ぼくがマグカップをテーブルに置くと、先生はするりとぼくの手を取り、指を絡めた。
胸の奥の火傷が全身に広がる。熱くて痛くて苦しくて、なのに不思議と心地良い────
「わ、悪い、大人……っ」
悟られまいとなんとか絞り出したその言葉を、先生はどことなく嬉しそうな瞳をして、ぼくの唇から直接受け取った。
チョコレートの味がする。きっと先生もそう感じているんだろう。
今、ぼくは先生とつながっている。
──ホットチョコレートを飲む時間だって、ぼくは嫌いだ。
そこに先生がいないのなら、全部なんの意味もない。
そう思っていることだって、きっともう伝わってしまったに違いない。