夢見月すぐる 2022/07/17 22:51

【IF】ブリキ先生はゼンマイで動く 雪の女王編の体験版登録しました。

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31ページまでよめます。こちら↓完成までお待ち下さい。
本編とはつながりのないIFシナリオです。

登場人物紹介

猫山 蓮 (ねこやまれん)
 主人公。クラスの委員長。アーケード街の会長の娘
天塚 海魚(あまつかみお)
 クラスメイト。マジ天使。
ヨシコ
 喫茶店の店員。フリルのドレスを着ている。
おもちゃ屋さん
 最近ドローンを買った。
カルメ焼きやのおばさん
 やさしい
車椅子の女性
 学校の道徳の授業の先生
保健室の先生
 長身で白衣姿の男性
フードをかぶった人
 謎の人物



【IF】ブリキ先生はゼンマイで動く
               ~雪の女王編~



    7月の吹雪

 いつもの変わり映えしないアーケード街。娯楽と言えば銭湯と卓球くらい。私のクラスには天使くんと呼ばれている男の子がいる。名字が天塚で、天使くんだ。地味子だった時の私が変わるきっかけを作った男の子だ。地味で成績が良いという理由で、クラスの委員長という名の雑用係をやらされて、たくさんの書類を手に持って歩き、廊下で転んで散らばってしまったのだ。
「大丈夫?落としたよ」
その時拾ってくれたのが天塚くんだった。心配そうに私の顔を覗き込む。マジ天使。助かる。丁寧に全部拾ってくれて、
書類を一緒に運ぶ時間が永遠に続いて欲しい。運び終えると、じゃねと満面の笑みを私にしてくれて、去って行った。
私、変わらないと。まず眼鏡をやめてコンタクトに。三つ編みもやめよう。

 「その青いハンカチは?」
「れ、蓮ちゃん」
だめよ。そんないいかたしちゃ。天使くん困ってるじゃないの。
「ちょっと鼻血でちゃって。その時日野先生にハンカチ貰ったんだけど、やっぱり悪いから新しいの買いに来たんだ」
日野先生。新任の先生だ、車椅子に乗っている。たしか、
道徳の授業を受け持つ、って言っていたわね。
「幸せを運んできそうなハンカチね。いいと思うわ」
我ながら、変なことを言っているな。
「よ、よかった。僕、女の人に何かをあげる事なくって、そう言ってもらえると、自信が湧いてきたよ」
私たちは雑貨屋を出ると、広場の噴水の前にあるベンチに座った。会話の内容は全然頭に入らない。うれしすぎて。
彼、天塚海魚くんは、変わった名前をしていて、海魚と書いて、みお、と読むのだ。私の事を蓮ちゃんと呼んでくれるのもポイント高い。


 吹き抜ける風の強い音が聞こえる。なにか様子が変だ。
広場の天井になにか白いものがどんどん張り付いていく。
「雪?」
天井を観察すると、それが雪だということが分かった。
「雪が降ってる?でも今は7月だよ?」
私たちは、アーケード街の北口へと見に行った。やはり雪が降っている。それもただの雪では無く、吹雪だ。呆然と見ているウチに、どんどん強くなっていく。
「さ、寒い」
「そうだ、ねぇこっちに来て」
私は、海魚くんの手を引っ張った。
「銭湯?」
「そう、銭湯は温泉が湧いていて温かいから」
温泉は足元にも流れている。足湯用の湯だ。いったい何が起こっているのだろう。私たちが足湯に浸かっていると、ラジオでニュースが流れる。
「ニュース速報。突然の吹雪に原因を調査中。付近の皆さんは、家で待機していて下さい。また、避難が必要な方は、アーケード街へとお越し下さい」
「なんだか大変な事になっているわね。どうしたのかしら」
「雪男がかき氷を食べるために雪を降らしているのかも」
「今時雪男は流行らないわ。きっと雪の女王が我が儘しているのだわ。雪の彫刻が見たいとか言って」
足湯に浸かりながらそんな話をしてすごしていると、またラジオでニュース速報が流れて来た。吹雪が止まず、避難が始まっているらしい。
「あれ、パパどうしたの?」
「おお、蓮か。地下の避難所を開けようと思ってな」
パパはアーケード街の会長だ。銭湯には地下への入り口がある。温泉のパイプラインを管理する地下道なのだけれど、
そのほかに避難所や、災害時の備蓄も保管されている。
「そんなに大事になっているの?」
「そうだ、これ以上悪くならないといいんだが」
避難してきた人たちが、とりあえず足湯で温まると、
地下道へと移動していった。地下は温泉が流れているので温かいのだ。
「そうだ、海魚くん家に電話しないと。
すっかり忘れていたわ」
天使くんは動揺していて、気付かなかったようだ。これは事件ね。指をくわえて待ってないで、私たちで行動して解決しないと。こんな突然吹雪になるなんて、
絶対おかしいわ。
私、心当たりがあるのよね。

調査開始

  「電話、どうだった?」
銭湯の受付には公衆電話がある。天使くんは家に電話するのだった。TVゲームならば、セーブポイントね。
「うん、近所の人と一緒にこっちの方へ避難するって」
「よし、まずは防寒着ね。私の家に来なさい」
「えっ、じっとしてるんじゃないの?」
私は、天使くんの手を引っ張って家へと向かった。
「じっとしてたって、なにも始まらないわ。行動しないと」
「でも、こういうのって、動くとだいたいひどい目に遭うでしょ。外国の映画でみたもん」
「あれは映画よ。これは現実なの。どのみち何か起こるわ」私の家は商店街の北門の入り口側にある。
「蓮ちゃんのお家喫茶店なんだね」
「さっ、入って」
「いらっしゃいませー。あら、蓮ちゃんおかえりなさい」
ウェイトレスをしているヨシコさんだ。
「ただいま、ヨシコさん。いま大変なことになってて、喫茶店どころじゃないわよ」
「店長にもそう言われたんだけど、家に帰っても一人だし。お店にいることにしたのよ」
店長とは、パパのことだ。
「じゃあ、お仕事はいいからゆっくりしていてね」
「はいはーい」
私達に手をふると、ヨシコさんはテレビをつけて、
みはじめた。私たちは自室に向かう。
「さっきの人、アニメに出てくるみたいな衣装を着て
いたね」
「フリルのついた制服とエプロンね。すきな制服来ていいと
パパがいったら、ああなっちゃったのよ」
天使くんは、そうだこの黄色いコートがいいわね。
「これ、着て。あったかいわよ」
私も防寒具を着る。
「え、喫茶店で過ごすんじゃないの?」
「調査しないと。早く外へ」
私たちは外へ出た。吹雪はさらに強くなっていた。冷たい風が顔に刺さるように当たる。北門から様子を見ると、
雪が早いペースで積もっている。5センチから10センチほどだろうか。周囲から避難してきた人たちが、続々と北門から入ってくるのも見える。
「この調子だと、ウチも避難所になりそうね」
地下の避難施設は広いが、限度がある。全員収容しようとしたら、パイプラインの道で雑魚寝することになるので、各施設も使っていかないと。
「あ、おもちゃ屋さん。どうしたんですか?」
「やあ、蓮ちゃんか。周囲の様子を見ようと、ドローンを飛ばして見ようとしているんだ。」
液晶タブレットと、大型のドローンを飛ばそうとしているようだ。
「こんな吹雪に飛ばして大丈夫なんですか?」
「ドローンは災害時にも使われてるいるんだよ。多分大丈夫」
どうやら飛ばしてみたいようだ。大体学校の学習机に乗るくらいの大きさをしている。ドローンのプロペラが回り、
宙へ浮かぶ。ヘリコプターのようだ。液晶タブレットに映像が映し出される。ゆっくりと上昇していく。
商店街の真上に上る。激しい吹雪でよく見えない。
「暗視カメラに切り替えてよう」
すると、鮮明に映像が映し出された。
上空からでも、避難している人達が歩いているのが見える。
「これは相当積もるね。いったいどうしたんだろう。」
空の様子は、厚い雲で覆われていて、当分晴れそうもない。
「ねぇ、これ。見て」
学校の裏山から、焼却炉の煙突から出てくる煙のように、もくもくと白いもやがかかっている。そこから雪の積もりに差があり、吹雪が広がっているように見える。
「裏山になにかありますね」
「さあ、僕らは一般人。自衛隊の人がなんとかしてくれるよ。それより、ここで持ちこたえる方法を探さないとね。」
どうやら、裏山になにかあるようね。
「ありがとう、おもちゃ屋さん。ヨシコさん、いまサテン
(喫茶店)にいますからいってみるといいですよ。」
おもちゃ屋さんはリモコンをズルっと落として、危うく
ドローンが墜落しそうになった。
 北門から離れると、広場の方へ向かう。北門から広場までは700メートル離れていて、そこから南門まで700メートル。西門と東門へは各300メートルだ。広場は大通りの交差点くらいの広さがあり、真ん中に噴水。女神像が水瓶を持って水をかけているポーズを取っている。
先ほど天使くんと話していた時から、長い時間が経ったように感じる。
「みて、雪で天井のガラス窓が見えなくなっているわ」
「本当だ。こんなに短時間に雪が降っているの初めて見た」
「蓮ちゃん、こっちにおいで」
カルメ焼き屋のおばあちゃんだ。北口側の西門の方への角にお店があって、手招きしている。
「おばあちゃん、今大変な事になってるわ」
「そうそう慌てずに。これをお飲み」
カルメ焼き屋のおばあちゃんが甘酒を作ってくれていた。
「ありがとうございます」
甘酒を飲むと身体が温まってくる。
「冷やし甘酒をはじめようと思ってね。いつもの温かい甘酒になっちゃったね。蓮ちゃん、慌てずに行動しなさいな。せっかちはいけないよ」
「わかったわ、おばあちゃん。落ち着いてゆっくり早く行動するわ。海魚くん、南門も見に行こ」
私は海魚くんの手を握ると、南門へと向かった。
 何か、大きな緑のシートを門の前で吊している。パパもいる。
「パパ、何してるの?」
「お、蓮か。見ての通り、風よけにシートを吊そうとおもってな。七夕を吊すための設備がとんだことになったよ」
見ると、消防団員の人が作業をして、緑のシートを設置していた。
「他の入り口もするの?」
「そうだよ。すぐにおさまるといいんだけどね」
私は緑のシートが上昇していくのを眺めた。トラックの荷台にかかっているシートと同じ物らしく、何枚もつなぎ合わせて即席で作られたもののようだ。
「会長、役所の方に問い合わせた所、自衛隊を派遣するかどうかで揉めていまして、水や食料の支援の手配も遅れているようです」
商店街の役員の人だ。
「まあ、いつものことだ。代案で、商店街のお店の商品を食料に使えるように、後から経費で落とせるようにする話はどうだった?」
「はあ、その話もまだまとまってないそうです」
「ううむ。予想通りとはいえ、困ったなぁ。まず腹ごしらえをしないと、まとまるものもまとまらないぞ」
腹は減っては戦は出来ぬ、って話ね。
「会長、南門側のスーパーの店長さんからお話が」
「うん」
「本部に問い合わせた所、お店の商品を使って炊き出しをしていいそうです。使った分を帳簿に付けてくれれば、
と。」
「おお、助かった。では早速炊き出しの準備に取りかかろう」
炊き出しをするみたい。メニューは何かな?
「ねえ、海魚くん。他のところも見に行ってみようよ」
「うん、いいよ」
私たちは、中央の広場へと一端戻った。戻る途中に、
色々な人に話しかけられた。
「慌てて出てきて、カップラーメンを食べそびれた」
「避難所、シーちゃん(柴犬)も入れるかな」
「わたしのみけちゃんも(三毛猫)」
「テントと寝袋を持ってきたんだ。今日は中央の広場で寝るよ」
「みんな、不安なんだね」
天使くんが好きだからかな、とも思う。
東門の方に行ってみる。東門側は、スポーツジムやゴルフ場、ボウリングなどのスポーツ関連の施設が多くある。
スポーツジムあたりにある街頭モニターでテレビが見れるのが特徴だ。野球場にあるような巨大なモニターだ。
テレビを見ようと、大勢の人が集まっていた。30人くらい。
「えー、謎の異常気象を確かめるために、わたくし、アーケード街に行ってみたいと思います。皆さんに現状をお伝えしたいと思います。えー、吹雪がひどくて前が見えません。本当に行けるのでしょうか。それでは出発します」
黄色いヘルメットをかぶったリポーターが強風にあおられながら、取材用のワゴン車に乗り込んで出発する様子を映したのち、スタジオに切り替わり、私たちが住む街がどんなところなのかの特集がはじまった。
「来て、どうするんだろうね」
「さあ」
集まった人々は口々に反応をする。
私たちの街は、巨大な商店街があることで有名だ。
そして、私たちの学校は、街の権力者が関わっているらしい。それもただの権力者では無く、国に影響を与えるほどだ。それなら、早く助けてくれればいいのに。具体的にどう影響が強いのかはお茶を濁されて、また商店街の話になった。南門側の話だ。機転が早いスーパーマーケットのことに触れると思ったのだけれど、スルーだった。教会と神社が向かい合わせにあること。神社にはご当地キャラ、
コンちゃんの話をしている。コンちゃんは狐を模した
女子高生で、好きな食べ物は油揚げ。普段着は巫女の服を着ている。神社の前にはスタンドが立てられており、
各種グッズも販売している紹介をしている。まあ、
ありがちだ。
その後、教会の話がはじまる。変わった宗教で、中に入ると、休憩する人がたくさんいる話。休憩所なのでは、と
誤解される話。信者になるには、自分が大切だと思う物を首飾りにしてかけて毎日すごすことだと言う。
特に思い浮かばなかった人は、なぜかゼンマイの鍵を首飾りにしてかけているから、ゼンマイ教と地元の人は読んでいる話を紹介された。私もなんとなく聞いたことがある。
言われてみれば、ゼンマイの鍵を首飾りにしている人が学校でもたくさんいる。活動は、毎朝お祈りをして朝食をみんなで取り、夜もお祈りをして少し雑談をして帰ったり、一緒に夕食をとることもあるという。テレビでよく見る物騒な宗教とは全く違っていて、目的もよく分からない。色々と理由をつけて規則正しい生活を繰り返すことが目的にも見える。私は、天使くんの胸元を見た。
ゼンマイの鍵の首飾りは付けていない。今度、ペアルックしたいな。思わずにやりとしてしまう。
「蓮ちゃん?どうしたの」
「ううん、何でもないわ。せっかくだから、西門側も見に行きましょ」
「うん、いいよ」
西門側は、居酒屋や屋台、バー、スナックなどが多い。飲食店もある。屋台のホルモン焼き屋が人気だ。こんな状況なのに、今日も人が集まっている。
「よぉ、大将。一杯どうだい?」
パパがホルモン焼き屋のお客さんに話しかけられてる。
「今は仕事中だ。よく酒なんかのんでられるな」
さっきの続きで、入り口の前に緑のシートを吊して、風と雪が入ってこないように作業に立ち会っている。
「まあ、わしらは休憩中よ。いまがんばっとる人らが疲れて休んでいる間に交代で働くために英気を養っとるわけよ」
ガハハハ、と大きな笑い声があちこちで聞こえる。
「うーん、勝手にやっとくれ」
「大将、ヨシコさんによろしくいっといてな」
パパ、あまり相手にしていないみたい。けれど、非常時は
りらっくすしているおじさんたちが、さいごまで生き残るのよね。遠くから様子を見ていると、作業が終わったようだ。
「ねぇ、銭湯の地下の避難所にいってみようよ。海魚くんのおかあさんとおとうさん、来てるかも」
「うん、そうだね」
もう一度、銭湯に戻った。私は足湯に浸かっている。
鯉とかが泳いでいる池があったら、毎日通って餌をあげたいな。人面魚とかもいたら面白いかも。そんなことを考えていると、天使くんが戻ってきた。
「どうだった?」
「おかあさんはいたけど、おとうさんは仕事で、今日は
会社に泊まるって」
「そう、大変ね」
非常時でも仕事をしていなくちゃいけないのね。
「ねえ、うちに来ない?一緒にラジオ聞いたりテレビみたりしようよ」
「いいよ。おかあさん、炊き出しの手伝いをするって言ってたから」
やった。喜んではいけない状況なのだけれど。胸に秘めてるうちは、このくらいは許してくれるよね。私は天使君の手を引っ張って、ウチの喫茶店へと向かった。

     吹雪の夜


 「う・・・?」
風の音で目が覚めた。
どうやら私は知らぬ間に眠って閉まったようだ。
「・・・・・っ!」
私は、天使君に寄りかかって眠っていたのだ。
まるで、電車で終電まで眠りこけた会社員のようだ。
「あ、起きた?色々な所歩いてきたから疲れちゃったんだね」
天使君が私に話しかける。
「ご、ごめんね、重かったでしょ?」
私は何やら取り乱していた。二人で毛布にくるまっていた。ここは私の家の喫茶店だ。テーブルの上には、芋煮が入ったお椀が二つ置いてあった。ラップがしてある。
「冷めちゃったから、電子レンジで温めるね。これ、炊き出しで貰ってきたんだよ」
私は記憶をたどる。あの後喫茶店で、そう、テレビをみていて、けん玉をしているところを見せて、ヨシコさんと三人でトランプなんかをして、いつの間にかねむってしまっていたのだ。うん、大丈夫。間違いは起こしていない。私は自分に言い聞かせて落ち着かせた。
「さあ、食べよう」
変わった食べ物だ。醤油味のお汁に、里芋が入っている。
とてもおいしい。
「芋煮会といって、他の街では定期でやる食べ物なんだって」
「他の地域の文化をどんどん取り入れていくのね」
だから、教会と神社が向かい合わせに建っていたりするのね。あつあつの芋煮を食べながら窓の外をみた。真っ暗で、
吹雪になっている。
「ねえ、大丈夫かなぁ。不安ね」
「外国の映画だと、ゾンビが商店街中にあふれかえって、バリゲードを作ったりしている展開になるけど、全然平和だね」
「そういう映画好きなんだ。私、あまり見たこと無いわ」
「学校の視聴覚室に、映画のフィルムがたくさん置いてあるでしょ。放課後よくみんなでみてるんだよ」
そんな集まりがあったんだ。知らなかった。私はというと、
そう、委員長の仕事でプリント整理とかしてるわね。
「ゾンビ、は出てきそうも無いけど、雪男は出てきそうね」
「ほんとに?僕も気になるから、ちょっと外の様子をみてみる?」
「大丈夫なの?映画だとその行動が命取りになるのよ?」
私でもそのくらいは知っているのだ。テレビでも映画は放送されている。
「うん、ちょっと怖いけど、見てみたいよね」
天使君、女の子みたいな顔をしていて、私の服を着ていても、男の子だとばれなさそうだけど、やっぱり男の子なのね。
「いいわ。見に行ってみましょう」
喫茶店のソファーにはヨシコさんが寝ている。すぐ手前のテーブルには、オモチャ屋さんが操縦していたドローンが置かれていた。起こさないように静かに外へ出よう。
 外へ出ると、消灯していて、常夜灯がほのかに明るく照らされていた。いつもと同じだ。まずは中央の方へ歩いてみよう。外は緑のシートを吊していたから風は入ってこなく、寒いけれどもまだ我慢できる程度だ。あたりには簡易テントが張られていて、中から明かりがあったりなかったりで、みんな眠るようだ。中央の広場に着くと、噴水は止まっている。その周囲には、まばらだけれどカップルや友人が集まって、今日の出来事を話し合っていた。
「僕たちは、きょうだいに見えるのかな」
そこは、恋人同士に見えるかな?って言って欲しかったけれど、どちらが兄姉で、どちらが弟妹なのか気になったけれど、そんなことは大きな問題ではないのでスルーした。
「ここはにぎやかね。そうだ、教会と神社も見に行ってみようよ」
教会を見てみると、中には避難してきた人たちが休んでいたので、神社の方へ行った。こちらには誰もいない。
「がらがらしてお参りしたいけれど、明日になりそうね」
夜分遅く失礼だろう。
「じゃあ、がらがらしたつもりで」
私たちは、目をつぶってお参りした。
「何をお願いしたの?」
珍しく、天使君から先に聞いてくる。
「そうね、銭湯のところに足湯じゃなくて、鯉が泳いでる池があったらよかったなぁ、って」
「今は足湯があって助かったけど、そうだね。そうしたらふたりで餌やりしようよ」
「うん、ありがとう。海魚くんはなんてお願いしたの?」
「え・・・うーんと、後で言うよ」
秘めておきたいお願いのようだ。こういうときは詮索しないほうがいいわね。
「あの・・・」
教会のほうから、誰かきたようだ。フードをかぶっていて、顔は見えない。
「これ、受け取って下さい」
どこかの鍵と手紙を渡された。
「これは?」
聞き返そうとすると、そこには誰もいなく、鍵と手紙だけが残されていた。
「い、いまの見た?海魚くん?」
「う、うん。ゆうれいさんだったのかも」
私は怖くなって、天使君の手を引っ張って、急いで喫茶店へと戻った。

 しばらく沈黙がつづく。テーブルの上には、受け取った手紙と鍵が置かれていた。
「どうしよう、これ。開けていいのかな」
「ぼくたちに宛てた手紙みたいだから、読んでもいいと
おもうけど、怖いよね」
「決めた。私、開けるわよ。いいわね」
天使君が頷くのを確認して、私は手紙を開けた。
「読むわよ。この手紙を読んでいる見知らぬ誰か。その時、おそらく大変な事が起こっているでしょう。この事態を引き起こしたのは他でもない私です。本来、私が責任をとらねばならない立場なのは充分招致しております。ですが、あの場所に戻ることを考えただけで、恐怖で足がすくんでしまい、何も出来ずにいます。ですから、私は誰かにこの
問題の解決を託すことにしました」
「うん、取り返しが付かないことに巻き込まれてることはわかったわ」
「つ、続けて」
天使君が、覚悟を決めたようにつぶやく
「このたびの騒動の発端は、学校の裏山の研究施設でした。わたしはそこの研究員です。そこではとある実験をしていたのです。それは、雪を人工的に降らす実験です。
何かのウィルスが漏れて、ゾンビがあふれかえってる訳ではなく、恐ろしい人体実験をする施設ではないので、その点はご安心下さい。この日は休日で私一人施設に取り残されていました。にも関わらずワンオペで実験をせざる得ない事情がございまして、疲労困憊の中実験していたところ、機械の、雪をつくる水を供給するバルブハンドルを閉め忘れてしまったのです。降雪機のおやすみタイマーをセットもせず、電源も入れっぱなしでした。私はあろうことか昼寝をしてしまい、気付いた頃には時すでに遅く、あたりは雪山に変わってしまいました。必死で止めようとしましたが、吹雪になっており、装置には近づけません。怖くなった私は頭が真っ白になり、秘密の地下道を通り、この商店街に逃げてきました。ですが、わたしはあの場所に戻る勇気もなく、上司に電話する度胸もありません。ですので私は、勇気ある物に託します。研究施設には、銭湯の下の地下道から行けます。一緒に渡した鍵が、扉を開ける鍵です。私のことをひどくお恨みでしょう。もちろん許されるとは思っておりません。どうか、私の事を探さないで下さい。見つけても声をかけたりもしないで下さい。さようなら」
「こ、これは蓮ちゃんのおとうさんに見せた方がいいんじゃない?」
「ううん、これは私たちで解決しましょう。見せてもいたずらだと思われるし、犯人捜しをして、この吹雪が止むことはないでしょ。今日は遅いから、早速明日から行動開始よ。海魚君、すぐ行動出来るように泊まっていってね」

      地下道への扉

 朝だ。あの後すぐに寝て、さっき飛び起きたところだ。
「蓮ちゃん、おはようございます」
「おはよう。ヨシコさん」
ヨシコさんは身支度を終えて、お店の開店準備を
していた。
「開店、するんですか?」
「ええ、こんな時こそ、喫茶店は必要でしょ。お金は取らなくていいからみんなにコーヒーお出しして、って店長がいってたわ」
「あまり無理しないでね」
何か行動していたほうが落ち着くのかもしれない。
「南門のスーパーの前で炊き出ししてるみたいよ。
いってみたら」
「うん、いってみる。ヨシコさんは?」
「わたしは後からいくわ。いってらっしゃい」
とりあえず朝食を食べよう。
「さあ、海魚くん、朝ごはん食べにいこうよ」
私は起きたばかりの天使くんのやわらかい色白の手を
握り、外へ出た。幸せ。真冬の寒さだというのに興奮して、
あまり寒さを感じないわね。アーケード街を歩くとあちこちにテントが張られていて、大型犬のセントバーナードと寄り添って、コーヒーと飲んでいる人もいた。ラジオで
朝のニュースを聞いているようだ。絵画になりそう。
南門の方へいくと、教会の人がパンとぶどうジュースを
配っていた。
「教会で焼いたんですか?このパン」
私ははしゃいだ様子で聞く。
「そうなんですよ。こんな大規模にパンを配るのは初めてで、普段はお祈りにきていただいた人で食べています」
「パンは神様の身体の一部、ぶどうジュースは神様の血液なんです。はい、どうぞ」
「ありがとう。神様が私たちを見守ってくれているみたいね」
あちらには芋煮カレーがある。
「昨日の残りで作ったんだよ。食べていって。」
「おいしい」
海魚君とふたりで並んで食べた。たくさんの人だかりで、
誰かけんかしてないかな?と心配していたけれど、焼きたてのパンはおいしいし、芋煮カレーも温かい。みんな、おもっていたより落ち着いていた。
「えー、我々は昨日の夜芋煮をいただき、今朝は焼きたてのパンとブドウジュース、芋煮カレーをいただいております。みなさん、落ち着いた様子でわたくし安心いたしました」
昨日のリポーターの人だ。黄色いヘルメットをかぶっていて、カメラに向かって食べ物を見せて、芋煮カレーをおいしそうに食べていた。目の下にはクマができていた。あの大きなマイクの付いたポールを持っている人も、疲労困憊の
表情だ。安否確認にきたのだと思うのだけれど、もう、ただの食レポになってるわね。大人の仕事って、大変だ。
「次は銭湯ね。歯磨きもしないと」
「うん、わかった」
私たちはリポーターの人たちを背に銭湯へと向かった。
「混んでるね」
「ええ。ここの足湯のところで待ち合わせしましょ。はい、
これ歯ブラシ」
わたしは海魚くんに、使い捨ての歯ブラシを渡した。
「ありがとう。じゃあ、後でね。」
脱衣所に入ると手早く服を脱いで、身体を洗い、湯船に浸かった。大勢いるので、あまり長居はできなさそうだ。
天使君、どうしてるかな。混浴の露天風呂で、一緒にお話しながら入りたいな。10分前後して、私はお風呂から上がって着替えた。そうだ、こういうとき、どちらが待っていた方がいいのかしら。すこし遅れて行ったほうがいいのかしら。髪を乾かしながら考える。短いのですぐ乾いた。
あ、そうだ、コンタクトレンズも交換しよう。
 足湯のところに行くと、天使君が先に待っていた。
「ごめん。待った?」
「ううん、今来たところ」
ありがちな会話。だけどうれしい。
「これから、どうする?」
海魚くんが聞く。表情的に、喫茶店でヨシコさんとトランプして遊んですごしたそうだ。
「まず、地下道を見てみましょう」
私たちは、銭湯にある地下への階段へ行ってみた。階段の右側は、スロープになっていて、キャスター付きのコンテナなども走らせられるようになっていた。
地下道へ降りると、真っ直ぐな大通りくらいの広さの、
通路にアパートやマンションのように部屋がたくさん並んでいた。手前の入り口側には、温泉が流れているパイプラインが何本も張り巡らされていて、熱気がこもり、温かい。各部屋には避難してきた人たちが休んでいるようだ。
「こっちのほうかな?」
私は天使君の手を握り、歩いて先の様子を見に行くことにした。
「ここ、はじめて来たよ」
天使君はあたりをキョロキョロする。
「一度、パパが備蓄品を運び入れるのを手伝った事があったけれど、この奥はどうなっているのかしら?」
奥の方へ行くと、鍵のかかった扉があった。
扉には、ウサギの刻印が入っている。
「これって」
私はポケットから鍵を取り出した。ウサギの刻印が入っている。
「ここの鍵?」
試しに鍵を入れてみると、やはり開いた。
「みたいね。とりあえず開いた扉は元に戻して、準備をして来ましょう。そうね、この鍵は大事な物だから、使い終わっても捨ててはダメよ。海魚くん、首に掛けてて」
「うん、いいけど、本当にこの先へいくの?不安だなぁ」
「危なかったら引き返すわよ。さ、喫茶店へ戻るわよ」
ちょっとした冒険みたい。楽しくなってきたわ。

身支度

「なにが必要かしらね」
私は自分の部屋に、役に立ちそうなものがないか探した。
「海魚くん、どう?なにか気になる物ある?」
「アニメの女の子のポスターがたくさん貼ってある・・・」
「いいでしょ。コンちゃんのフィギアもあるのよ」
「これはどう?」
「毛糸の玉?これをどうするの?」
「迷わないように糸を垂らしていこうかと思って」
「アリアドネの糸ね。持って行きましょう」
「他には、飲み物がたくさんあるね」
「コラボが多いから、集めるの苦労したのよ」
アニメのキャラが描いたスナック菓子、チョコレートなどだ。
「水分補給も大事」
「じゃあ、このへんのジュースと、お菓子も」
「おやつは300円まで?」
「持って行けるまで大丈夫よ。非常事態だから」
「他には、何があるかしら。懐中電灯と予備の電池と、後は、十徳ナイフ、何か役に立つかも持って行こう」
「バルブハンドルはある?」
「あ、あるわけないでしょ。急にどうしたの?」
「ゲームだと、ハンドルが無くなってて、色々なところをいったり来たりするからあると便利かと思って」
「ゲームじゃないんだから、そんなコントみたいなこと起こるわけじゃ無いでしょ。それに、ハンドルが無くなっていたら、モンキーレンチで回せばいいでしょ」
「そ、それもそうだね。あ、クランクハンドルとかはある?」
「クランクハンドル?」
「階段が出てくる仕掛けや、壁が動く仕掛けの鍵で、クランクを回してたから」
「あ、あのねー。それもゲームの中の話でしょ。私の部屋をセーフハウスのアイテムボックスか何かと勘違いしてるんじゃないの?仮にあったとして、持って行ってどうするの?セットするはめ込み口は大概四角みたいだけど、六角形だったら?都合良く旋盤が置いてあって、すぐ使える状態でボタンひとつで加工できる機器がおいてあるわけないでしょ。なにかあったら、何度も引き返すことになるだけよ。なんで一度に全て上手くいくと思うの?」
このけん玉もっていこーよ、とか言ってくれたらかわいかったのに。
「う、うん。僕もおかしいと思ってたよ。今の話は忘れて」
「お菓子も飲み物も持ったし、早速行ってみよう」
あと記念撮影用のカメラも持った。
リュックに詰めて背負った。銭湯の地下道へと行くと、
天使君が首飾りにしている、ウサギの鍵で、扉は開いた。
「そ、想像してたのと違うなぁ。照明は明るくて全然ジメジメしてないね」
「白いLED電灯で照らされているわね。松明とかだと雰囲気でたかしら」
パイプラインは明るく、おどろおろしい気配はない。
迷路のようになっているのではと心配したけれど、どこまでいっても一本道だ。
「どこに続いているんだろう。この道は」
「手紙に書いてあった、研究施設かしら」
「また扉だ」
扉には、カエルの刻印があって、鍵がかかっている。
「こっちみたいね」
左側に別の通路がある。
「ここは、学校の中庭?」
別の通路は中庭につながっていた。天井があるので、雪は積もっていない。中庭から校内へ入ると、人の気配がした。
「誰かいるのかい?」
「あ、日野先生、こんにちわ」
「こんにちわ海魚くん。遊びに来てくれたの?」
保健室の先生がいる。その後ろには、車椅子の女性、
日野先生だ。天使君は日野先生と仲が良いみたい。
年上の頼れるお姉さん、って感じだから納得ね。
天使君、かわいい顔して、そういうところはしっかり男の子なのね。
「避難しなかったんですか?」
「いざとなったら、地下道を通ればいいからね。それより、どうしてここへ?」
「話すとながくなるのですが・・・」
ドラマやアニメだと、省略される言い回しね。
「立ち話はなんだから、二階のラウンジで話そう」
これもよくある言い回しだ。
学校の二階のラウンジだ。ウチみたくカフェテラスのようになっていて、展望できる大きな窓からの景色は、吹雪で何も見えない。階段には、車椅子の人用のエスカレーターが付いているので、日野先生も安心ね。
「この手紙を、フードをかぶった知らない人から受け取って」
「知らない人とは、男性?女性?」
保健室の先生は怪訝な表情をする。それはそうだ。
「小柄だったので、女性?かもしれません」
「怪しい人と話してはいけないよ。その受け取った手紙、
読んでみるよ。」
保健室の先生は日野先生と二人で読み始めた。
二人は付き合っているのだろうか。
「うーん、不可解なことがたくさんあるね。長くなるから、とりあえず、何か食べよう。そこの自販機のものしかないけどね」
保健室の先生は、ラウンジの迎えの、売店の隣にあるいつもの自販機を指さす。
「大丈夫。おごるから。好きな物選んで」
これは長い一日になりそうね。私は直感でそう思った。


     手紙の矛盾

自販機は二つ置いてあって、右側はパンの販売機で、
左側はスナック菓子の販売機だ。私たちは、パンを3つ、
スナック菓子を一袋、板チョコレートを3つ、それからあめ玉を一袋買った。飲み物は、ウォーターサーバーがあるのでそこから貰った。
「日野先生、こんな時になんですが、これ、代わりのハンカチです。受け取って下さい」
「まあ、気を遣わせてしまってごめんなさい。ありがとう」
天使君、意外とマメだ。
「自販機で買った食べ物は経費で落ちるから。気にしないで。それで手紙のないようなんだけれど、まず研究施設というものは、聞いたことが無い」
保健室の先生が話す。
「やっぱり、ないんですか」
なんとなく予想していた。
「僕らは宿直で学校の留守番をしていたのだけれど、そのとき自治体の人が学校に訪れ、山で何かの実験をするといって、雪上車で何かを運んでいるのは見た。そのことかもしれない」
じゃあ、秘密の研究施設なのかも。
「そこは気にとめることではないのだけれど、海魚くんが今首に掛けている鍵。それが問題なんだ」
「どうしてですか?」
「その鍵は、おそらく合鍵だろうけれど、地下道の扉の鍵は、関係者しか持っていなくて、なぜその鍵をわたされたのか」
そう言うと、保健室の先生はポケットから鍵をとりだした。ウサギの飾りなどは付いていなく、ごく普通の鍵だ。
「何かあったときに、この鍵を使って地下道から脱出して下さい、と自治体の人に渡されたのだ」
「もしかして、自治体の人と言うのは嘘で・・・?」
「そうかもしれん。何か違和感があった。」
「地下道の、あの扉の向こうには何があるんですか?」
「あそこの向こうは、源泉の場所へ行けるだけだよ。今どうなっているんだろうか。」
「とりあえず、源泉へ行ってみません?なにか分かるかも」
「そうだな。行ってみるか」
「でも、鍵は?」
「ああ、それは大丈夫だ」
「わたくし、ここで待っていますわ。無事を祈ります」
「うん、いってくる」
やはり、恋人同士なのかな。二人は。
「このドアは飾りで、ここに、ほらこうすると開くんだよ」
地下道に戻り、カエルの刻印がある扉の前に来た。
「ここに、このクランクハンドルをセットして回すと、ほら、動いた」
「こんな仕掛けが・・・」
なんて面倒な仕掛けだ。忍者屋敷みたい。
「やっぱりクランクハンドルは必要だったんだ」
天使君は目を輝かせて言った。
「それでは、行ってみるとしよう」
「すごい吹雪なのに、源泉の周りは温かい」
「露天風呂、は楽しめそうにないな」
アメリカンジョークってやつだ。
すこしあたりを観察してみよう。あたりは吹雪で、何も見えない。源泉は、普段、私たち学校の生徒が神社の方へ
登って入りに行くのだ。源泉には屋根があり、自転車置き場にあるような波形の屋根が設置してある。すぐ側には脱衣所として物置を改造した小屋が設置してある。今はどこも雪で埋もれている。源泉の周りだけ雪が溶けて、湯気が出ていた。
「さ、寒いね」
天使君が寒さで震えている。おそらく私もだろう。
まるで、雪山の山頂にいるようだ。この寒さは異常だ。
何か用があったとしても、見通しの効かない吹雪の中を
進むのは危険ね。
「なにかがこちらに向かってくるよ」
雪上車がこちらへ向かってきた。
「はー。だめだこりゃ」
中から作業服を着たおじさんが出てきた。
「自治体の人だ。大丈夫ですか?」
保健室の先生の顔見知りらしい。
「おー、学校で留守番の人か。色々あって今引き返してきたところだよ」
「大変でしたね。この地下道は学校へと通じています。話も聞きたいので、学校へいきましょう」
何か、重要なことがきけそう。二階のラウンジに行くと、
日野先生が温かいココアを用意していてくれた。
「すまねぇ。こんな事態になったのはわしらのせいなのに」
「何があったんですか?」
「降雪機の実験をするといってな。山の山頂に登って実験をはじめたんよ。動力は地熱発電機で。スイッチを入れて、あろうことか、その動力を止めるためのバルブハンドルを忘れてきてしもうたんじゃ。そいで、設計ミスがあったらしく、緊急停止ボタンは作動せんかった。せやから急いで戻ってバルブハンドルを持って帰ってきたんじゃが、このありさまじゃ。昨日から何度も試しているんやけど、どうしても頂上へたどり着けない」
このことは、パパに相談するべきかしら。
「うーん、そのバルブハンドルは?」
「これじゃ」
車のハンドルを一回り小さくした大きなバルブハンドルだ。
「要するに、頂上へ行ければいいんですね。私にあてがあります。みなさん付いてきて下さい」
保健室の先生が自信ありげに答える。わ、なんだか嫌な予感がする。付いていくと、そこは体育館だった。
「本当は文化祭で披露する予定でしたが・・・」
そういえば、学校を帰るとき何か大きなコンテナを体育館に運び入れているところを見かけたのでなんだろうと、
気になっていたのだけれど、中身はなにかしら。
保健室の先生が小さなリモコンのスイッチを押すと、コンテナの扉が開いた。そこには、ウサギの着ぐるみが入っていた。
「これはラビットスーツと言って、うさぎさんになることができるスーツだ。自衛隊が山の探索をするために作ったのを、今回の文化祭で披露する予定だったんだ。これを使おう」
「大丈夫なんですか?たしか電池の問題で数十分しか動けないってききましたよ。こういったスーツは」
「電源ケーブルを付けるから大丈夫。これが命綱にもなっている。ケーブルは1000メートルあるから、さっきの雪上車にそこの発電機をつけて持って行けば、クレバスを避けて先行してすすめる。これを見てくれ」
クレバスとは、雪と雪の間に裂け目が出来ることで、その上に雪が積もって見えなくなり、自然の落とし穴になっているので、非常に危険なのだ。
メンテナンス用のノートPCのスイッチを入れる。
「おはようございます。マスター。今日はどちらにいかれますか?」
画面に、美少女の女の子が映った。軍服姿でインカムを付けている。
「人工知能、『アリアドネ』だ。ラビットスーツの中に搭載されている。ラビットスーツには、音波で地形をマッピングする機能と暗視機能もあるので吹雪の中もよく見える。だたし」
「何か?」
「サイズが小さいので小柄な人しか乗れない」
ほけんしつの先生は無理で、天使君か私のどちらかね。
「私が乗りたいけど、操作が難しそうですね」
「それは心配いらない。アリアドネが操作してくれる」
「おまかせください」
「ね、ねえ蓮ちゃん、こっちに来て」
天使くんだ。突然なんだろう。みんなとすこし離れて、話し始める。もしかして愛の告白?
ドキドキしてきた。
「危ないからやめよーよ。」
なんだ、そっちか。
「でも、あのうさぎのきぐるみ、着てみたいでしょ。アリアドネちゃんもかわいいし」
「う、うーん、僕らがやらなきゃいけないことなのかな?」
「今やらないと、雪がどんどん積もって、その降雪機?までたどり着けなくなるでしょ。やるならいまよ。七夕祭りもしなきゃいけないし」
「わ、わかった。そこまでいうなら。でも、怖くなったらすぐやめてね」
天使君、心配性ね。こんな体験めったに出来ることじゃないわ。わくわくしかしない。

 なんてご都合主義なのだろう。私が乗ることを想定されているよう。私たちは早速、電源ケーブルを巻いたドラム、発電機とラビットスーツを、
地下道を伝って運んだ。3つとも、一人で持ち運び出来るように設計されているらしく、携行性にすぐれていた。
雪上車に乗せる。電源ケーブルのドラムにはロープとカラビナが付いており、トラックの荷台などに固定出来るようになっている
「それじゃ、出発だ」
ラビットスーツを着た私が先導する。中に乗り、
VRゴーグルをかぶると、外の様子が全て見れる。
パソコンのゲームみたいだ。隣にアリアドネちゃんがいて、一緒に歩いているようにデザインされている。
「アリアドネちゃん、このボタンは何?」
VRゴーグルのなかに出現するタッチパネルのことだ。
自然と話しかけるように隣を向き、話しかけてみる。
「着せ替えボタンでございます」
おしてみると、お姫様の格好になった。
「こっちのほうがいいわね」
「私の普段着です。こちらのほうが落ち着きますね」
「ほかにはどんな機能が」
「質問していただけれると、可能な範囲でお答えできます」
「じゃあ、アリアドネちゃん、芋煮カレーって知ってる?」
「大変おいしい食べ物でございます。芋煮カレーうどんもございますよ」
なんというハイテクだ。まるで人間としゃべっているようだ。
こんな高度な技術、現代にあったのかしら。中に人が入っていると言われても、やっぱりかという感想しか出ない。

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