【アフターストーリー】ドラウグ家の場合【姫と騎士】
原案・原作:香川俊宗(LAUGH SKETCH Inc.)
執筆:巽未頼
ルチアにとって、ここ数日の体調不良は予期していたことだった。
全身に石をつながれたように体を動かすのが億劫になる。何時間寝ても頭の中は寝不足の時に似た朧気な感覚。頭も普段より重い。声を出すのも喉の奥から絞り出すような意思の力を必要とした。
これが、吸血鬼としての代償、呪いだ。
吸血衝動を抑えるため、今までわらわは体を不必要に動かさなかった。周囲からは病弱の伯爵と呼ばれていた。大公選でも、他の候補を支援する貴族からは侮られていた。
成長も遅く、年齢と体が合っていない。血を吸ったことがないからではあるものの、それも周囲の貴族に侮られる理由となっていた。
吸血衝動を知る両親は、わらわに血を用意しようか、と度々聞いてくれていた。でも、一度血を吸ったら戻れない気がしていた。それは、幼い頃に一度だけ出席した社交界の場で同じ年ごろの子たちが話していた、なんてことはないはずの噂話。
でも、わらわはそれを聞いて以来、血を吸いたいと思わなくなっていた。
♢
8年前。十六夜の月が輝く夜のパーティー。
煌びやかな服に身を包んだ紳士・淑女たちが、贅沢な食事に舌鼓を打ちながら歓談に勤しんでいた。社交界デビューとなるわらわにとって、普段ならばもう寝ていなければならないこの時間に行われるイベント。わらわは少し背徳感というか、特別感を強く感じたのを覚えている。
しかし、その煌びやかな世界で、わらわは同じ年ごろの女の子同士がしている話を聞いて、恐怖を覚えてしまったのだ。
「聞いたことあるかしら。夜更かしをする子どもは吸血鬼に血を吸われてしまうんですって」
「まぁ、今日の私たち、吸血鬼に襲われてしまうかもしれませんわ」
「ろうそくの明かりがもう少し強い場所で話しましょう」
少し冷静になって考えれば、きっと隅っこにいる女の子を連れ出すための口実でもあったと思う。
でもわらわは、本物の吸血鬼だ。もしそのことが知られたらどうなるか。あまりの恐ろしさに、わらわはその場を離れて奥の控室に逃げこんだ。
後日、その話は公国に古くから伝わる童話であることを知った。何も知らない使用人は、両親が「教える童話は選びたい」と言っていたそうで、口止めされていたようだ。たかが童話といえども、わらわは本物の吸血鬼だ。わらわが傷つかないように守ってくれていたのだろう。
しかし、それ以後わらわは社交界に顔を出さなくなった。あの場に来るのは「吸血鬼を恐れる者たち」だ。自分の正体が分かった時どうなるか。わらわにとって、あの場は恐怖しか存在しなかった。
父も母もそれを咎めなかった。吸血鬼の一族といっても名ばかり。いつの頃からか吸血鬼がもつという絶大な力は失われているのだから、むしろわらわは人間より弱い存在といっていい。
大公選だってわらわ自身にやる気はなかった。アナが、アナスタシアが無能と思われたくないから自分も頑張っただけなのだ。褒められるべきはアナだけだろう。
一部の貴族が大公は選びなおすべし、と言い始めているという噂も聞いた。別にそれでもいい。誰にも侮られなければ、誰にも詮索されなければ。
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