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こはる 2021年07月19日 18:22

【小説】再会

 俺の性的嗜好が歪んだのは、小学生の頃だと思う。
 当時クラスにどうしても気に入らない女が居たので、友人たちと共にひたすら虐めてやった。あの女の嫌がる顔を見ると、胸がスッとするようだった。あの女が涙を流すと不思議な達成感を得られた。あの女が少しでも楽しそうに過ごしているとイライラが募るので、とにかく何でもいいから難癖をつけて、嫌がることを繰り返した。そうするとイライラが収まるどころか、それ以上の楽しみを得られた。嫌がることを止める理由は何もなかった。
 その女は常に独りでいるようになった。哀れに思い、さらに構ってやることにした。友人たちも楽しそうにしていたし、クラスの他の人間も加わることが増えてきた。女が独りでいる可哀そうな時間は減り、クラスメートたちの楽しみも増えたようで、笑顔の絶えない明るいクラスになった。何の問題もなかった。

 中学へ上がると、小学生の頃の何倍もの人間と関わることになった。小学校はふたクラスだったが、中学校では六クラスに増えた。ひとクラスの人数が同じだとして、三倍の人数だ。
 俺があの女に関わる時間は、あっと言う間に減っていった。しかし、たまに見かけるあの女が笑顔でいるとイライラが募った。とにかく気に入らなかった。
 常に自分が相手をしてやるほどの時間はない。けれど、俺の見ていない間にあの女が笑顔で過ごすのは許せなかった。俺は友人と少しずつ、あの女の過去についてさり気なく話して過ごす時間を作ることにした。俺たちの話はそっと広がっていった。通りすがりに耳に入れて後からこっそりと確認しに来る者、別のクラスメートへ探りを入れる者、興味津々で話題に加わって来る者。少し時間はかかったが、最終的には同学年の間で大半の人間が、あの女にはどんな嫌がらせをしてもいいのだと思うようになっていったと思う。
 実際に、あの女の笑顔は目に見えて減っていった。俺はやっと平穏な中学校生活を手に入れた。

 高校生活は最初から順調だった。あの女がどこへ行ったのかは知らないが、少なくとも俺と同じ学校ではなかった。あの女の笑顔が視界に入るような心配は一切なく、本当に穏やかな日々を過ごすことができた。ただ時々少し何か物足りないような気がしたが、長年あの女の笑顔から逃れるために試行錯誤してきたのだ、そのための必要に迫られた仕方のない努力が不要になった事で、なんだか落ち着かないような気分になっていただけだと思う。
 そうして、穏やかな日々を過ごす中で、人並みに恋愛も経験した。クラスメートの女子と付き合ったものの、お互いに友人感覚が強く恋愛には向かないと気づき、円満に別れ、今でも親友のような付き合いをしている。
 高校卒業間近、何人かの後輩に告白をされた。ただその時には好きな女性がいたので、感謝の意を伝えたうえで、丁重にお断りした。

 大学に入学してすぐ、俺は高校の時の部活の先輩へと連絡をした。彼女はマネージャーとして部員たちを支えてくれた、明るい笑顔の優しい人だった。俺だけじゃない、部員全員が、先輩に対し何らかの好意を持っていただろう。そして、俺の好意は恋愛に類するものだった。
 幸い先輩の行った大学には、俺の望む学部もあった。成績も無理に下げる必要もなく、必死で勉強に励む必要もなく、つまりはちょうど良いレベルの大学だった。
 俺はこの運命に賭けることにした。
 結論から言うと、この賭けに俺は勝った。無事、先輩の在籍する大学に入学し、告白をし、彼女は微笑みながら応えてくれた。
 付き合いは順調に進んでいるように思えた。幾度かのデートを重ね、それなりに気を使いプランを練って、彼女との初めての夜を迎えた。

 問題は、その夜に起きた。

 良くも悪くも互いに互いが初めての相手ではなかったので、事は順調に進んでいった。ロマンチックな夜の中で、俺の彼女に対する期待は高まり、おそらく彼女からの俺に対する期待も高まっていったことだろう。
 柔らかなベッドの上で、彼女のしなやかな肢体を堪能する。彼女の方も、積極的と言うほどではないが決して消極的ということはなく、俺の動きを感じ、追い求め、懸命に応えてくれた。ときおり出る決して嫌ではない彼女の「いや」という音が、俺を解かしていった。恥ずかしさゆえに出たであろう「やめて」という言葉に、俺は止めるどころか熱を増していく。過ぎる快感から必死で逃れようとする彼女。逃れられない悦楽に震え、しがみついて耐えている彼女。俺の胸に顔をうずめ恥ずかしさから隠れようとする姿に、俺の中で何かが動いた。
 強引に顔を上げさせる。瞳を潤ませ快楽に溺れまいと必死で耐える彼女を見つめ続ける。震える瞼に口づけると、目じりから一筋、涙がこぼれた。

 傍らで穏やかに眠る彼女を見つめながら、俺は自分の中を覗いていた。彼女の瞳から零れ落ちる涙を見た瞬間に湧きあがった、あの感覚。

 もっと、もっとだ。
 いや、違う。そうじゃない。
 足りない。全然足りない。
 その程度で……。

 それからも彼女との付き合いは順調に続いているかのように見えていたと思う。けれど、しばらくして彼女から別れを告げられた。俺は、何の違和感も覚えなかった。
 周囲のやつらは、なぜ別れたのかとしつこかったが、「俺が悪かったんだ」とひと言だけ告げて、それ以上は何も言わなかった。彼女がどう言っていたのかは知らない。
 その後も、何人かの女性と付き合ったが、表向きは順調な付き合いを続けられるものの、いつも相手の方から別れを告げられた。そのたびに俺は、「そうだろうな」と思って受け入れた。

 学業は順調だった。問題なく就職もできた。一般的な社会人としての苦労はしたが、大きな不幸に見舞われるようなこともなく、平々凡々とした日常を過ごしていた。
 女性との付き合いも相変わらずだった。長く付き合える相手には出会えず、常にある程度の期間でフラれ続けた。
 25歳を過ぎる頃には、さすがに自分でもはっきりと原因に気づいていたが、それはどうしようもないことだった。新しい女性と付き合うたびに、受け入れ難い事実を突きつけられる。とうとう俺は、女性と真剣に付き合うことをやめた。

 あれから一年ほど経っただろうか。ポストを覗くと、小学校の同窓会の知らせが来ていた。
 俺の心が大きく震えた。
 あの女は来るだろうか。来るに違いない。いや、来ないはずがない。あいつは俺に感謝しているはずだ。会って話したいことが山のようにあるはずだ。仕方がない、行ってやってもいいだろう。
 俺は「参加」の文字に丸をつけて、はがきを投函した。

 同窓会当日。俺は逸る気持ちを押し殺して、早すぎず、遅くもない時間に会場へ到着した。
 会場へ入ると、幹事以外に数名のクラスメートが来ていて、入室した俺に手を挙げる。応えて同じように手を挙げながら、さり気なく会場内を見回してみたが、あの女はまだ来ていないようだった。
 まずは幹事に挨拶を、という体で、部屋の奥で何やら準備をしている様子のふたり組に声をかけた。ふたりは学校でもよく、クラス委員長や副委員長をやっていたことを思い出す。人はそう簡単に、大きくは変わらないものだ。
 さすがに何人かは不参加もあるだろうと考えていたが、驚くことに全員が参加の回答を送ってきたという。中には結婚して遠方へ引っ越していた者もいたが、めったに旅行に出ることもないからと、渡りに船とばかりに五泊ほどするらしい。なかなかに豪胆な計画を立てたその女性は、当時から女子のリーダー的存在であり、男子でも気の弱い者はすぐに気おされていた相手だった。なるほど、大きくどころか全く変わらない人もいるものだと、納得して笑った。

 そうこうしているうちに、ひとり、またひとりと参加者が増えてゆく。当時から仲の良かったグループで待ち合わせてから来たという女性も少なくなかった。
 誰かと特別に仲が良かったということのなかったあの女は、おそらくひとりで来るだろう。もしかしたら物怖じして自分からは誰にも声をかけられないかもしれない。仕方がない、俺から声をかけてやってもいいだろう。
 扉が開くたびに、皆がそちらに注目する。卒業してから初めての同窓会だ。長らく会っていなかったクラスメート達もそれぞれにいるだろう。俺だってそうだ。だから、たびたび扉の方へ意識を向けていても、何の違和感もない。
 誰も彼もが少し浮かれ、そわそわしていた。

 あの女は最後にやってきた。全員参加を表明しており、順に揃っていき、来ていないのはあの女だけだった。
「あのクソ女、相変わらずとろとろしてやがるのかよ」
 思わず口をついた言葉に、なぜか全員が俺の方を注視した。何かおかしなことを言っただろうか?
 近くに居た友人に声をかけようとしたその時、入口の扉が開いた。まるで光を追いかけるペンギンのように、全員の視線が揃って入口へ向かった。

 そこには、ひとりの美しい女が立っていた。

 女はにっこりと微笑み、俺の方へ向かって真っすぐ、ゆっくりと歩いてきた。誰も何も言わず、ただ黙って道を開けるばかりだった。
 俺は自分の方へ向かってくるその美しい女の中に、当時の面影を必死で探した。目元、口元、微笑んだ時の口角の上がり方、目の下のほくろの位置。面影しか、なかった。
 呆然と立ちすくむ俺の前へ立った彼女は、笑みを深める。
「久しぶりね」
 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。彼女の口から出る音に気を取られ、言葉の内容を理解するのに時間がかかったのだ。
「ずっと会いたかったの」
 次の言葉はすんなりと耳に入ってきた。しかし、意味を理解するのには一瞬の間が必要だった。

 そして、その言葉の意味を理解した瞬間、俺は胸に燃えるような熱さが生まれるのを感じた。

 ああ、そうだ。俺も会いたかったんだ。
 お前に会いたかった。
 お前の涙を見たかった。
 お前の顔が、俺のせいで苦痛に歪むのを見たかった。
 会いたかった。

 会いたかった。

 苦しい胸の内を吐露するように息を吐く。動悸が治まらない左胸を押さえ、右腕を彼女に伸ばした。
 俺の手は彼女に触れたのだろうか。
 不思議な感情の波に押し流され、目の前が赤く染まり、やがて闇に飲まれて、消えた。

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