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停止中 2020/08/14 02:10

赤と白のポインセチア

 抜けるような青空が広がり、日の光は弱々しい。
 下校する子供たちの声が冷えた空気を震わせる。
 その様子を校舎の三階から眺めるのはひとつの人影。

「須藤さん、どう見ても不審者ですよ」
「その不審者を撮ろうとしている新垣も不審者だと思うけど」

 須藤と呼ばれた男子生徒は小学生の列から目を離してパイプ椅子に腰掛けた。その一連の動きを新垣という女子生徒はファインダー越しに追い続ける。

「珍獣の決定的瞬間を撮るかのようだな……」
「あっ、この湧き出る情熱はそれですね! 珍獣ハンティング!」

 彼女の持つミラーレス式カメラが唸りを上げる。一瞬にして十二枚の呆れ顔をした須藤が切り取られた。

「……動物を撮る時は『低速連写』を使った方が良いぞ」
「先輩属須藤さんはカメラに詳しい珍獣なんですね。さすが写真部エース」
「俺の他はカメラに興味のない部員が二人いるだけだからな。そりゃエースにもなる」

 手元に置いてあった一眼レフカメラが構えられると、カシャンという音が狭い部室に響く。液晶モニターに黒く長い髪をかきあげる少女が映し出された。
 麗しい顔立ちと女性特有の丸みを残した華奢な体が、一枚の写真をより価値のあるものに高めている。

「モデルとしては申し分ないんだけどなあ……」
「どれどれー? おお、さすが私!」

 須藤の両肩に柔らかな手を添え、モデルとなった新垣が肩口から覗き込んだ。年頃の男子には危険な香りが顔のすぐ横にあるわけだが、彼に心を揺さぶられた様子はない。

「それじゃ、これ含め新垣が気に入ったやつをプリントしてくれ」
「はーい」

 慣れた手つきでカメラから抜き出されたSDカードが手から手へと移る。受け取った新垣はすぐにノートPCで作業を始めた。須藤は体を窓の方へ向け、両手を頭の後ろで組んでぼーっと青空を眺める。
 マウスのクリック音。たどたどしいキーボードのタイピング音。最後にやたらうるさいプリンターの駆動音が続く。

「できまし――」

 突如、ガラガラドン! と、扉が開かれ、

「おっつかれー!」

 労う挨拶としては元気過ぎる声が飛び込んできた。

「村佐先輩。お疲れ様です」
「また立て付けが悪くなるからゆっくり開けてください」

 二人は驚いた様子もなく、現れた女子生徒に顔を向けた。
 着崩した制服と緩く巻かれた茶色い髪、手練れたメイクから素行不良な生徒だと一目でわかる。

「おっ、乙葉《おとは》はしっかり活動しているな。それに比べて彩都《あやと》はリストラされたリーマンみたいに……、ちゃんと写真撮れ!」
「プリント待ちですよ。柚香《ゆずか》先輩こそ今日は写真部らしいことしたんですか」
「部長らしくたるんだ部員を叱咤してる!」
「そうですね。今日はカメラ持ってきましたか」
「忘れた!」
「また反省文が増えますね」
「じゃ、友達待たせてるので! 諸君らは引き続き部活に励むように!」

 ビシッと手が挙げられたかと思うと、素早い動作で扉が強く閉められる。そうして、写真部部長は嵐のように去って行った。
 出来上がったばかりの写真を掲示板に貼る用意をしながら、新垣乙葉は確認するように訊く。

「反省文が五枚溜まったら罰ゲームでしたっけ?」
「一ヶ月で五枚だ。今日で十二月だからリセットされたよ」

 ため息をつき、須藤彩都は青空へと目を戻した。
 反省文制度が施行されてから、毎月四枚の紙が溜まっている。決して五枚にも三枚にもしない正確さに、村佐柚香という人柄が表れていると言って良いだろう。
 その人柄は被写体になった際にもありありと伝わってくる。乙葉は掲示板の中でも特に目立つ位置に貼られた三枚の写真を見る。

 面影はあるが黒い髪にキッチリと制服を着た柚香の自撮り写真。部員が一年生である彼女しかいないとは思えないほど晴れやかな笑顔だ。

 そこに去年加わったのが彩都。美人な先輩に無理やり抱き寄せられているというのに、その表情は悟りを開いた僧のようである。

 そして、二人の間に挟まれて照れた顔をする乙葉が加わった。その初々しさから先輩方と出会って間もないことがわかる。

 性能の良いカメラがあるにも関わらず、すべて柚香のスマホで撮られたものだ。しかし、この三枚で写真部の歴史が垣間見れるので、乙葉のお気に入りであった。

「さてと、真面目な部員らしく活動するか」
「今日は華道部から依頼が来てますよ。〝全米が泣く一枚を頼む〟と部長さんからのリクエストです」
「また変なことを……。新垣の不手際で俺に伝わらなかったことにしてくれ」
「えー! なんで私が悪者にならないといけないんですか!」
「後輩とはそういうものだ」
「あっ……、妙に説得力がありますね……」

 何かを察した乙葉は、それ以上何も言わずにSDカードを彩都に返した。

「じゃあ、先に行ってるから鍵とか任せた」
「わかりましたー」

 愛用のカメラを軽く点検し、彩都は他生徒の声が響く廊下へと消えた。
 残された乙葉は閉じられた扉からお気に入りの写真たちに視線を移す。
 少しばかり時間を忘れ眺めていたが、ハッと我に返る。下がってしまった口角を揉みほぐしてから、自身のカメラと鍵を手に取った。


 ブー、ビー、と吹奏楽部員たちが放課後の校舎内を賑わせている。壁の向こうから響いてくるその音を背景に、彩都は黙々とシャッターを切っていた。
 空き教室の中央で囲いを作るように並べられた長机には白い布が被せられている。その上には、立派な花瓶に生けられた赤い花が咲き誇っている――、ように見えるのだが、

「この赤い部分は花じゃなくて葉っぱなんですよ」

 ファインダーを覗く彼に、乙葉はそんなことを言い出した。

「そう言われると確かに葉脈があるな」
「『ポインセチア』と一般的に呼ばれていて、和名は『ショウジョウボク』です。こう見えても木なんですよ。知ってましたか?」
「いや、知らなかったな」
「あとあと! 花言葉が『聖夜』『祝福する』だから、クリスマスにピッタリなんですよ。『クリスマスフラワー』とも呼ばれるぐらいです!」
「赤いのが葉っぱなら花はどれなんだ」
「えっ……! えっと、えっと……、そ、そんな細かいことは気にしなくて良いんです! それよりどうですか? 私、物知りですか?」
「ああ、その手に持っているスマホがなければな」

 シャッター音が鳴る。彩都が花から彼女へ目を向けると、慌ててスマホをスカートのポケットに仕舞おうとしているところであった。

「後輩の可愛らしい秘密を見るなんて最低です!」
「見る前にわかっていただろ。もっと演技力をつけてこい」
「鈍感なくせに変なところだけ鋭いんですね」
「なに怒ってるんだよ……。ほら、今日の部活は終わりだ。帰るぞ」

 撮った写真を液晶モニターで確認し終え、彩都は教室から出て行こうと扉の方へ体を向ける。一瞬のためらいの後、乙葉が彼を呼び止めた。

「須藤さん、良ければ商店街に行きませんか? 今日からイルミネーションが見れますよ」
「んー、人が多そうだしめんどうだなあ」
「すぐそこなんだから良いじゃないですか。それに、日に日に彩られていく商店街の変遷を写真に収めるのも素敵だと思うんですよ」
「……なにも奢らないぞ」
「そんなつもりじゃありません!」

 怪しむ視線を向けられ乙葉は頬をふくらませる。そのまま彩都の横を通り抜け、扉を開けて出て行った。先ほど馬鹿にされた演技力を存分に発揮させながら。
 その演技に騙された彩都は首を傾げる。それから、静かに佇む赤い花を見た。

「クリスマスフラワー、か……」

 ○

 冬の装いをした人々が薄明の中で赤や青に光るLEDライトに季節を感じていた。しかし、飾り付けがすべて終わっていないため、まだ足を止めるほどの華やかさはない。

「見てください、犬の銅像が輝いてますよ。これも撮りましょう」
「こいつもこんなに光らされるとは思ってなかっただろうなあ……」

 二人の学生はそれに反してあちこちで立ち止まりカメラを構えていた。
 彩都はぶつぶつと呟きながらも、普段なら見向きもされないであろう銅像を写真に収める。乙葉も夜用に調整してもらったカメラで一枚切り取った。

「では記念撮影しましょう。まずは私とこの子を撮ってください」
「はいはい、わかったよ」

 すっかりとモデルが板についた彼女は銅像の横でポーズを取る。小さな子供なら違和感がないのかもしれないが、女性らしい美しさを持つ乙葉とカラフルに輝く銅像の組み合わせはなんともシュールであった。

「次は須藤さんですよ。並んでください」
「こんな人通りがある所で恥ずかしいな……」
「それだと私が恥ずかしい人みたいじゃないですか! いいから撮りますよ!」

 渋々といった様子で彩都は銅像の横に立って振り返る。やはりその構図がおかしく、乙葉はクスッと笑った。

「笑ってないで早くしてくれ」
「はーい、撮りますよー」

 ファインダーを覗く。いつも無愛想な彼の顔が困ったような表情になっていた。
 このまま撮らずにもう少し見ていたい。そんな悪戯心が芽生えそうになった。ぐっと我慢し――、

「おっ、乙葉と彩都じゃん。こんな時間までご苦労!」

シャッターが切られた。

「ああ、柚香先輩。遊んでないで写真撮ってください」
「仕方ないなあ。スマホで弘法筆を選ばずってところを見せてあげるよ」

 友達と別れて帰路についていた柚香と出くわし、彩都はいつものように苦言を呈した。

「…………」

 しかし、乙葉は彼の心が弾んだことを知っている。液晶モニターに映る彩都を見つめながら、涙を堪えた。

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