[新作]プロイセンさん誕生の日
108円/ポイント3%
本作品はプロイセンの歴史の概要でございます。
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SHA 2014/07/31 10:35
108円/ポイント3%
本作品はプロイセンの歴史の概要でございます。
SHA 2014/07/30 23:07
(これは『海軍これくしょん(日米)』の内容の一部です)
山本五十六(やまもと いそろく)
1884年4月4日 - 1943年4月18日
海軍大将
・五十六「軍人を目指したキッカケは・・甥が亡くなったときに両親が、五十六が軍人になってくれたらなぁ的なことを行ったんですゾ。それで、軍人を目指そうと・・・・。」
・ケネディ「なぜ、海軍に?」
・五十六「叔父が海軍だったのでよく話を聞いていたからですゾ。それで、海軍に入って・・日露戦争では日本海海戦に参加しましたゾ。」
・ケネディ「そのときに、えーと、左手の人差指と中指の欠損、左の太ももに重傷を負ったと・・・?」
・五十六「そうだよ。ほら。」
・ケネディ「Oh・・・。その後は1919年の4月5日にアメリカに駐在、ハーバード大学に留学したと・・・。」
・五十六「そうだよ。そのアメリカの喫茶店で砂糖と塩が大量生産、大量消費されていることを知ったときはショックだったゾ・・・。」
・ケネディ「日本では砂糖と塩は専売指定されていたんですよね?」
・山本「そうだよ。アメリカとの圧倒的物量差に
驚いたゾ・・・。」
・ケネディ「なるほど・・。」
・山本「1921年の7月19日に帰国して・・海軍大学校の教官になったんだゾ。その1年後に海軍大学校教頭に山本(やまもと)英(えい)輔(すけ)さんという人が着任したんだゾ。この人はすごい人だゾ。日本海軍で航空戦力の将来性に注目した最初の人物なんだゾ!」
・ケネディ「その人の影響を受けて航空戦力が必要だ、と思うようになったわけですね?」
・五十六「そうだよ。1928年の水雷学校の講義のときにはもう将来の海軍は航空主兵となるのだ、
対米作戦では積極作戦をとりハワイを攻めるべきだ、て言ってましたゾ・・・。」
・ケネディ「あー!なるほど!それが真珠湾攻撃につながるわけですね!」
・五十六「そうだよ。いや、でもまさか、宣戦布告が遅れるとは・・・そりゃあ・・アメリカ人もぶち切れるゾ・・・。」
・ケネディ「HAHAHA!まあ、その当時はほとんどの人が
日本人のこと嫌いでしたからね!まあ、私も日本のことはそんなに好きではありませんが・・・。ドイツとの同盟である日独伊三国同盟には反対したんですね?」
・五十六「対アメリカ、イギリスとの関係が悪化する・・・とかまあ、理由は色々あったゾ。けど、ほとんどの人が同盟に賛成だったゾ。反対派は俺と米内光政さんと井上成美さんとかだゾ。」
・ケネディ「では、賛成派には目ざわりな存在ということで、暗殺されそうになることもあったんじゃないですか?」
・五十六「そういう噂もあったゾ。まぁ・・本気で警戒したけど・・・。」
・ケネディ「日本の連合艦隊司令長官にはどのようにして就任したんですか?」
・五十六「その三国同盟賛成派の奴らに殺されないために就任したんだゾ。」
・ケネディ「えっ?それはどういう・・・。」
・五十六「米内さんがその当時の海軍大臣で俺を暗殺させないために海軍の中央から遠ざけ、海上にだした・・・。」
・ケネディ「海の上が安全だから司令長官に?」
・五十六「そうだよ。」
・ケネディ「へー!そんな理由で!へー!」
・五十六「他にも理由は多々あるが…。元々、アメリカとの戦争は反対だったから長官になる気はなかったゾ・・・。」
・ケネディ「でも、日本はどんどん戦争に傾いて・・・。」
・五十六「そう・・だよ・・・。そんで、仕方がないから真珠湾攻撃を実行したんだゾ・・。」
・ケネディ「よく反対されませんでしたねー。」
・五十六「反対はされたゾ。けど、作戦を認めないと司令長官を辞めるって言って認めさせたゾ。」
・ケネディ「強引ですねー!えーそれで、緒戦は勝利を続けていた日本海軍は徐々に負け始めた・・・。
・・・そして五十六さんは前線への激励と視察に向かうため前線各基地に暗号電報を送る・・・。それをアメリカ軍に解読され、あなたの殺害が決定する・・・。」
・五十六「ブービンゲル島上空で撃墜され、お空の星になったという訳だゾ・・・・。」
・ケネディ「はい・・・ところで、名将か愚将かで評価が分かれる五十六さんですが・・・」
・五十六「作戦失敗して、日本が負けて・・・愚将に決まってるゾ・・・。」
・ケネディ「いやでも当時のアメリカ軍の評価は高かったですよー?」
・五十六「おっそっか。」
・ケネディ「アメリカ軍太平洋艦隊司令長官のチェスター・ニミッツさんなんかは、あなたが優秀だから殺害を許可したわけですし・・・。」
・五十六「そうなの?」
・ケネディ「ええ。ニミッツさんが言うには、ヤマモトは日本で最優秀の司令官であり、彼より優れた司令官がでる恐れはないので殺害しても構わない。という結論をだしたんですから!」
・五十六「照れるダルルォ~!?そんな理由だったら
殺されても納得できるゾ(笑)」
・ケネディ「私は嫌ですね。」
・五十六「・・・・・・・・・すまん。」
・ケネディ「いえ、別に。」
SHA 2014/07/30 22:47
(これは『海軍これくしょん(日米)』の内容の一部です)
ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ
1917年5月29日 - 1963年11月22日
・リチャード・ニクソン「説明するのもバカバカしいな。」
・山本五十六「あなたは確か・・・。」
・ジョン・F・ケネディ「彼もアメリカの大統領だった人さ。
太平洋戦争中は海軍にも入隊してたし、選挙では私のライバル的な存在だった。」
・ニクソン「・・・フン。サッサと紹介しろ。」
・ケネディ「私はジョン・ケネディ!
第35代アメリカ合衆国大統領!
USAでトップの人気を誇る大統領!いや世界かな?」
・ニクソン「このスキャンダラス野郎!」
・ケネディ「ハイハーイ!無視ムーシ!大統領になる前・・・私がイケメンでまだ若かった頃、海軍にいたんだ。」
・ニクソン「イwwケwwメwwンww」
・ケネディ「お静かに、ニクソン君。
1943年4月にツラギ島に配属され、パトロール魚雷艇(PTボート)の艦長になる。
そして、1943年に駆逐艦”天霧”に不意に遭遇し衝突する。私を含む乗組員は海に投げ出されたんだ。」
・ニクソン「んで、命を落とすと。」
・ケネディ「おもしろいよ、ニクソン。
負傷した仲間を命綱で結びつけて6キロぐらい泳いで、
なんとか小さな島にたどり着いたんだ。いや~あの時は本当に――」
・ニクソン「全部パパのおかげだろうが。」
・ケネディ「月に飛んでゆけこの無法者め!」
・五十六「子供だなぁ。」
イラスト提供者(ピクシブより)ドイツ史 アンケート
史上最強の軍人は誰だ!?1900~現代(アジア)
豆知識を教えて!(ドイツ・プロイセン)
[新作]海軍これくしょん(大日本帝国)
SHA 2014/07/30 22:38
これは『海軍これくしょん(日米)』の内容の一部です)
田中頼三(たなか らいぞう)
1892年(明治25年)4月27日
1969年(昭和44年)7月9日
海軍中将
・ケネディ「田中さんはルンガ沖夜戦(連合軍側の名称はタサファロング沖海戦)での活躍が特筆されます。」
・黒島亀人「この海戦では日本とアメリカでの評価が360°異なってるんっすよね~。」
・山本五十六「180°だ!この歴史的馬鹿者が!!360°も異なったら、元の位置に戻ってしまうだろうが!」
・黒島「?・・・ホントだ・・・!!」
・五十六「・・さて、日本側の評価は批判的なものが多いゾ。
‣戦略目標である輸送作戦を放棄し、戦術的な戦闘を優先させた。
‣“指揮官先頭”の精神に反していて、逃げ腰だった。
一方で擁護する声もあるゾ。
‣作戦自体に反対しており、逃げ腰ではなく、冷静であった。
などがあるゾ。」
・ケネディ「それに対してアメリカ側は絶賛しています。アメリカ側の奇襲にもかかわらず、反撃に転じて大打撃を与えたのは、彼の判断力とよく訓練された駆逐艦部隊、彼の経験のたまものである、としています。
不屈の猛将・田中というあだ名まであります。」
・田中頼三「僕は突撃命令を出しただけで、あとは部下の手柄だよ。」
・ケネディ「というふうに本人は語っています。
これは謙遜とも事実とも言えます。とにかく、名将か凡将かよくわからないタイプの1人ですね。」
・田中「山本元帥もそうでしたな。」
・五十六「オレは・・愚将でいいゾ・・・。」
・黒島「そうっすね愚将ッスね。」
・五十六「お前に言われるとムカつくゾ・・・。」
・ケネディ「田中さんは酒好きで、酔うと歌いながら踊る癖があったそうで。」
・五十六「お、そっか。なんか歌ってみろよ、みろよ。」
・田中「女々しくて、女々しくて、女々しくて、辛いよぉぉぉぉ♪」
・ケネディ「素面で歌わないでください・・。」
・五十六「意外にミーハーだな・・・・。」
・田中「奴のどこを気に入ったの?あんなに好きと言ったのに♪」
・黒島「イソ先輩、紅蓮の弓矢歌ってくださいよ~!」
・五十六「知らん。」
ドイツ史 アンケート
史上最強の軍人は誰だ!?1900~現代(アジア)
豆知識を教えて!(ドイツ・プロイセン)
[新作]海軍これくしょん(大日本帝国)
SHA 2014/07/26 16:41
(『プロイセンさん誕生の日』の内容の一部です。)
・織田信長「進撃の2か・・・。」
・徳川家康「遂にリヴァイ死す!」
・信長「ウワー。急展開だ~。」
・フリードリヒ・ヴィルヘルム「コホン。ここからは私が解説を。」
・信長「何者だ?」
・ヴィルヘルム「プロイセンをポーランド支配から脱した男。」
・信長「そういえば、さっき話にでてたな。」
・ヴィルヘルム「1679年に私はスウェーデンよりポメラニアを占領し、ドイツへの影響力を排除した。海軍も強化し、スウェーデンの脅威からもいち早く脱して強国への足掛かりを築く。」
・ジークフリート「この方は名君でな。数々の功績から“大選帝侯”と呼ばれる。」
・信長「で、あるか。」
・ヴィルヘルム「しかし、王国を築きあげることはまだ、難しかった・・・。」
・信長「そういえば、プロイセンはまだ一応は神聖ローマ皇帝の臣下だったな。」
・ヴィルヘルム「そう・・。ローマ帝国の影響力は弱くなったとはいえ、ブランデンブルク選帝侯の私が王を名乗るにはまだできなかった。」
・ジークフリート「しかし、そんなプロイセンに転機が訪れる!」
・信長「なんだなんだ。」
・ヴィルヘルム「プロイセンが行ったある作戦によってプロイセンは進撃を開始する・・。」
・信長「ある作戦?」
・ヴィルヘルム「名付けて・・・恩を売る大作戦。」
・信長「フッ。」
・ヴィルヘルム「鼻で笑っていられるのもそこまでだ。
当時、神聖ローマ皇帝レオポルト1世はスペイン継承戦争に備えて一兵でも多くの軍勢を集めねばならなかった。
私の子、ブランデンブルク選帝侯フリードリヒ3世は8,000の兵を援軍として送ることを約束する。」
・信長「・・・・それがお前の恩売る作戦か?成功するはずがない。」
・ヴィルヘルム「・・・フッフッ。」
・信長「ま、まさか!!」
・ジークフリート「臭い芝居だ。」
・ヴィルヘルム「この恩売り作戦により息子フリードリヒ3世は、神聖ローマ帝国の領内ではないプロイセンにおいて王であることが許され、1701年1月18日にケーニヒスベルクで戴冠、フリードリヒ1世となったのだ!」
・信長「おめでとう。」
・徳川家康「おめでとう。」
・ジークフリート「めでたいな。」
・アルブレヒト「初代プロイセン公アルブレヒトからも感謝の言葉を述べよう。」
・ヘルマン・ザルツァ「ようやくだぁ!アゥッアゥオゥウア゛アアアアアアアアアアアアーーーゥアン!」
・信長「出で来るな!!もう中世は終わったの!」
・ジークフリート「誰だったけ?」
・信長「たしか・・ドイツ騎士団総長。」
・ヴィルヘルム「もう、喋って良い?」
・信長「あ、どうぞ。」
・ヴィルヘルム「この“プロイセンにおける王”という称号はプロイセン国王のことではない。」
・信長「なに?」
・ヴィルヘルム「プロイセン国王とはプロイセン全土に権威が及ぶ者のことをいう。それはこの時点ではまだ、許せれなかった。ポーランド国王も1742年まで“プロイセン国王”の称号を使用していたしな。」
・信長「ややこしや~。」
・ヴィルヘルム「プロイセン国王として認められるには孫のフリードリヒ2世(大王)による西プロイセン獲得を待たねばならない。」
・信長「それはいつだ?」
・ヴィルヘルム「1772年だ。」
・信長「けっこう待つね・・・。」
・ジークフリート「それでも、その時代において王という称号の魅力はとても大きく、フリードリヒ1世が帝国内外のあちこちに散らばった世襲領の臣下たちの心を1つにまとめることに成功したことは確かだ。」
・家康「称号は大事ですぞ。征夷大将軍とか関白とか。」
・信長「・・・うん。俺はなかったけど。」
・ジークフリート「その後、プロイセン王国はホーエンツォレルン家の支配の下に軍事大国への道を歩んでいく。」
・信長「絶対王政の時代はどこも軍事大国だろう?」
・ジークフリート「確かにそうだが、プロイセンの場合は少し違う。
この頃、プロイセン王国の領域は、ブランデンブルク選帝侯国と旧プロイセン公国、そのほか若干の各地に散らばったいくつかの小さな領地を合わせたものだった。
これらばらばらの領土は防衛に不利であり、プロイセンを守るためにはこれらをつなぎ合わせる必要があった。
歴代の国王は地理的な統合を求めて相続・侵略を繰り返していくことになる。」
・信長「つまり、国土防衛の為に、各飛び地をつなごうとした訳か。」
・ヴィルヘルム「さぁ!プロイセンの戦いは始まったばかりだ!ガンバレ、プロイセン!羽ばたけ、プロイセン!!」