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アフターストーリーの記事 (4)

らふすけっちいんく 2022/09/30 19:00

【アフターストーリー】ヴィスコンティ家の場合【姫と騎士】

原案・原作:香川俊宗(LAUGH SKETCH Inc.)
執筆:巽未頼


大公選が始まる2ヶ月前。参加者が決定した段階で、わたくしは調査を命じていた。その結果が、今日わたくしの元に集まった。派遣していた家臣たちの情報が、騎士であるアリシアに集約され、報告を受けていた。

「注目すべき姫や騎士はいますか?」
「やはりベルセルクの姫以外はあまり目立った功績はありませんね」
「ベルセルクの姫は武に偏りすぎているわ。他は?」
「ドラウグの姫は領内の人気は絶大なものの病弱なようですし、アインフェリアの姫は優秀ですが、大公になれる程かと言われますと」
「……そう」

ドラウグ家の姫はどうやら血を吸わずにいるらしい。血を吸えばもっと才覚を発揮できるでしょうに。惜しい。惜しすぎる。

「カスティリオーヌは?」
「恐らくですが、一番に脱落するでしょう。騎士も教養に欠けますし、姫に覇気がありません」
「それは集まった情報からの分析?それともアリシアの感想?」
「……私の感想です」
「そう。ならば、情報の方をお願い」
「家中が諦めている様子で、カスティリオーヌの姫はあまり支援を得られていません。本人の素質は決して低くはないようですが、表に出る功績がないため家中をまとめきれていない様子にて」

やはり、カスティリオーヌ家の問題はそこだ。幼少期に見たあの姫は、もっと才気に溢れていた。彼女ならば、と思わせる輝きがあったのだ。

「やはり、主がこの国を統べるのが最善かと」
「それでは困るのだわ」
「主の見る目を疑う気は毛頭ございません。されど、あの姫はもう『無理』かと」

この国は行き詰まりつつある。大公が一部の家に限られているがために、一部の家のみが大公となる貴族と思われつつある。カスティリオーヌ家も初期は大公を輩出したのに、最近は大公に選ばれる候補が出てきていなかった。そうして一部に限られた大公とともに、国を憂う家臣も一部に偏りやすい。世襲化する役職も生まれ、どうしたって腐敗することがある。
現大公はそういった部分に厳しいため、現状は表面化していない。だからこそ、今のうちにどうにかしたかった。

「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」
「期待しても、私は厳しいと思いますが」

カスティリオーヌ家の姫は騎士にエルフを選んだ。
アリシアもダークエルフであり、その就任には大きな反発があった。わたくしは固定化した騎士の概念や血筋で決まる形を打破するために目的をもってアリシアを選んだ。カスティリオーヌ家の姫だって家中では反発を受けたはずだ。
それでも彼女は騎士にエルフを選んだ。となれば、わたくしに近い視点を持っているかもしれない。今のままでは、変わりゆく周辺国の状況に、この国は置いて行かれてしまう。
騎士と呼ばれる人々は代々剛健さを良しとされてきた。鉄製の厚みのあるプレートに全身を包み、全身を隠す大きさの盾を持って戦うものだった。馬に乗って兵を率い、姫の代わりに戦場に立つ。そういう役割も求められてきた。

しかし、ベルセルクの姫のように最前線に立つ姫もいる。時代や状況次第で柔軟に、必要な人材を騎士とするのが最善なはず。わたくしの場合、兵馬を率いる才は求めていない。むしろわたくしの手となり足となって各地で情報を集めたり、戦場を駆け回ってわたくしの意思や戦術を徹底させることができる人材が欲しかった。そのためにダークエルフの中で特に優秀だったアリシアを選んだのだから。
アリシアはダークエルフらしく月のない日でも夜目がきき、騎馬ほどではないが俊敏。しかも体の柔軟性が高いために狭い場所に忍びこんだり、物音をたてずに移動したりすることが得意だ。これまでの価値観で言えば騎士向きではない能力だったものの、わたくしに最も必要な能力だからと周囲を納得させた。そして、その期待に彼女は応えてくれた。ヴィスコンティ家の騎士では初のダークエルフ。彼女はある意味一族を背負ってこの職務をこなしてくれている。

「そういえば、族長は元気だった?」
「はっ。主が大公になるべく、若手の腕利きを何人か追加で働かせていただきたいと」
「無理してないかしら?この前も若者を派遣してもらって助かったとはいえ……」
「今までの御恩に報いたいと、皆やる気に満ちておりました」
「それならいいのだけれど」

ダークエルフはヴィスコンティ家の初代当主の頃から主従関係を結んできた。イタリア統一戦争当時、ダークエルフはヨーロッパ全域で迫害される立場にあった。それを保護し、主従とすることで守った。結果として、ダークエルフは一族そろって代々仕えてくれるようになった。今の族長は私の祖母が大公の時に仕えた人物で、祖母の騎士をよく支えてくれたと聞いている。

「やはり、どう考えても主に対抗できる家はないかと」
「わたくしも、余程のことがない限り負けないとは思いますよ。でも、」

その余程のことが、ヴィスコンティ家の望む形で起こってほしいのが本音だ。
ベルセルクの姫は危険性が増すドイツとの戦いならばわたくしよりも優秀だろうし、彼女が前線に居続ければこの国の守りは安泰だろう。だが、それは大公の仕事ではない。
同様に、ドラウグ家は領内の発展と初代の絶大な貢献を考えれば大公も狙えるはずだが、ドラウグの貢献は大公家にのみ語り継がれるもの。知っているのは三家の歴代大公と姫だけだ。
アインフェリアの姫はかつて起こった災害からの復興を見事に進めた功績もあり、それ以外も非凡なのはわかっている。ただし、あまり職務を任せられる家臣に恵まれていないため、この国全土に目を向ける余裕が姫にあるのかは疑問だ。

「でも、それでは益々スフォルツァ家とわたくしたちでこの国は”安定”してしまう」
「それは初代大公陛下の望まぬものである、でしたか」
「そう。そもそも、優秀な者が一部の家からしか出ないのなら、初代は最初からヴィスコンティ家を王家にしていたはずよ」

でも、そうはしなかった。それは大公選という制度は、一箇所に権力が集中することが国の長期的な発展の上で好ましくないという考えのもとで生まれたからだ。少なくともヴィスコンティ家ではそう教えられてきた。
しかし、蓋を開けてみれば初代を除き、これまでの16回の大公選を勝ち抜き大公となったのはたった3家であり、ここ数百年は2家で独占している状態だ。もちろん、名門と呼ばれる家から安定して大公になれる才能の姫が輩出されているのは良いことだ。
有事に国家をまとめられる、そして大公が急死した時にその代行が務まる家柄があれば国の安定感が違うのだから。そして、大公選で勝ち抜くにはこの家の当主と比べて優秀かどうかを考える基準とすることができるのだから。
アリシアもこの理念は騎士となる上で教えられている。ただ、彼女は各地の調査に出向くこともあるので、その実態も知っている。

「確か、前回の大公選でいくつかの貴族家から大公選を一部の家に絞ってはどうか、と提案があったと聞きました」
「一部の男爵家が、姫を参加させるのが財政的に苦しいという訴えだったわ」

国家的に見ても、この大公選は莫大な費用がかかる。当然だが、各参加貴族も出費を強いられる。大公選をきっかけに中央の文化が地方に波及したり、人流が加速したりするという良さもある。貴族同士の交流も生まれる。だが小さい領主ほど参加することで苦しい部分があるのは事実だろう。

「それでも、新たな才が定期的に供給されうる体制は守らねばならないわ」
「初代大公陛下のお考えは今後のためにも受け継ぐべきでしょう。ですが」
「今回はわたくしに対抗しうる者はいない、のよね」

幼い頃、社交界で出会った才気煥発な少女。カスティリオーヌ家の姫は目に輝きがあり、いつかわたくしの前に立ち塞がるだろうと思っていた。7年ほど経った頃、彼女の様子はまるで別物になっていた。目線は伏せがちで主体性を感じないものになっていた。彼女はもう終わってしまったのだろうか。
そうであるならば、他家で新たな才能が育つことはもうないのだろうか。初代大公の願いは、誰にも届かないのだろうか。わたくしがヴィスコンティ家10人目の、18代目の大公になって大公選は終わるだけなのだろうか。

♢♢

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らふすけっちいんく 2022/08/31 23:00

【アフターストーリー】ドラウグ家の場合【姫と騎士】

原案・原作:香川俊宗(LAUGH SKETCH Inc.)
執筆:巽未頼


ルチアにとって、ここ数日の体調不良は予期していたことだった。
全身に石をつながれたように体を動かすのが億劫になる。何時間寝ても頭の中は寝不足の時に似た朧気な感覚。頭も普段より重い。声を出すのも喉の奥から絞り出すような意思の力を必要とした。


これが、吸血鬼としての代償、呪いだ。


吸血衝動を抑えるため、今までわらわは体を不必要に動かさなかった。周囲からは病弱の伯爵と呼ばれていた。大公選でも、他の候補を支援する貴族からは侮られていた。
成長も遅く、年齢と体が合っていない。血を吸ったことがないからではあるものの、それも周囲の貴族に侮られる理由となっていた。

吸血衝動を知る両親は、わらわに血を用意しようか、と度々聞いてくれていた。でも、一度血を吸ったら戻れない気がしていた。それは、幼い頃に一度だけ出席した社交界の場で同じ年ごろの子たちが話していた、なんてことはないはずの噂話。
でも、わらわはそれを聞いて以来、血を吸いたいと思わなくなっていた。

8年前。十六夜の月が輝く夜のパーティー。
煌びやかな服に身を包んだ紳士・淑女たちが、贅沢な食事に舌鼓を打ちながら歓談に勤しんでいた。社交界デビューとなるわらわにとって、普段ならばもう寝ていなければならないこの時間に行われるイベント。わらわは少し背徳感というか、特別感を強く感じたのを覚えている。

しかし、その煌びやかな世界で、わらわは同じ年ごろの女の子同士がしている話を聞いて、恐怖を覚えてしまったのだ。

「聞いたことあるかしら。夜更かしをする子どもは吸血鬼に血を吸われてしまうんですって」
「まぁ、今日の私たち、吸血鬼に襲われてしまうかもしれませんわ」
「ろうそくの明かりがもう少し強い場所で話しましょう」

少し冷静になって考えれば、きっと隅っこにいる女の子を連れ出すための口実でもあったと思う。
でもわらわは、本物の吸血鬼だ。もしそのことが知られたらどうなるか。あまりの恐ろしさに、わらわはその場を離れて奥の控室に逃げこんだ。

後日、その話は公国に古くから伝わる童話であることを知った。何も知らない使用人は、両親が「教える童話は選びたい」と言っていたそうで、口止めされていたようだ。たかが童話といえども、わらわは本物の吸血鬼だ。わらわが傷つかないように守ってくれていたのだろう。
しかし、それ以後わらわは社交界に顔を出さなくなった。あの場に来るのは「吸血鬼を恐れる者たち」だ。自分の正体が分かった時どうなるか。わらわにとって、あの場は恐怖しか存在しなかった。
父も母もそれを咎めなかった。吸血鬼の一族といっても名ばかり。いつの頃からか吸血鬼がもつという絶大な力は失われているのだから、むしろわらわは人間より弱い存在といっていい。

大公選だってわらわ自身にやる気はなかった。アナが、アナスタシアが無能と思われたくないから自分も頑張っただけなのだ。褒められるべきはアナだけだろう。

一部の貴族が大公は選びなおすべし、と言い始めているという噂も聞いた。別にそれでもいい。誰にも侮られなければ、誰にも詮索されなければ。

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らふすけっちいんく 2022/07/24 15:30

【アフターストーリー】アインフェリア家の場合【姫と騎士】

原案・原作:香川俊宗(LAUGH SKETCH Inc.)
執筆:巽未頼


悲願、という言葉を何度も聞かされた。
初代の大公選では、ヴィスコンティ家やカスティリオーヌ家と大公の座を争った名門。その後もしばらくは名門として、アインフェリア家は大公選で戦ってきていたのですって。

大公選前に私が見たのは、大公といえばこの家と言われるヴィスコンティ家とカスティリオーヌ家を前に諦めたような親戚たちだった。ベルセルク家のように圧倒的な武力で大公の座を狙う家とも違い、「昔からの名門」という看板だけがアインフェリア家の強みとされてきた。実際、下馬評で私は大公になれると思われていなかったわ。
私の勝利を信じていた人はいなかっただろう。家臣でさえ、誰一人信じていなかったでしょう。

そんな有力候補と競い合った大公選。終わってみたら私が大公に決まっていた。無我夢中で戦った結果だったけれど、実感がくる前に私は忙しさの奔流で今まで押し流されるような日々をすごしたの。
大公を輩出した家は侯爵家のみ。当然、子爵家が大公に選ばれたのは初めて。今までの仕事との大きな違いに、私を含め家臣みんなが大慌てだったわ。今までに誰も経験がない公務と、付き合いのなかった爵位の人々との交流。周辺国で公国と交流のある貴族や大商人、教会の要人といった人々の訪問で日中の予定は埋まり、朝方と夜は慣れない公務の引継ぎに時間をとられていたの。

目まぐるしく変わる日常の中で、それでもなんとか大公らしくなろうとするのに精一杯で。1ヶ月ほど忙しさに振り回されていたところから落ち着いたのが今日の昼すぎ。アフタヌーンティーを味わいながら、この1ヶ月を少しだけ振り返ることができたの。

大公選の中で、きっと私より私の可能性を信じていたジュリア。他の誰よりも私に尽くしてきた彼女は、もしかしたら私が勝てると思っていてくれたのかもしれない。

ただ、ジュリアは感情を表に出すことがあまりなくなっている。子どもの頃と今ではジュリアは大きく変わってしまっているから。それが「エインフェリア」であるということだから。

幼い頃の私は知らなかった。アインフェリア家とエインフェリア家の絶対的主従関係。その始まりを。

アインフェリア家とエインフェリア家は大昔、後継者争いをした姉妹間の抗争の果てに2つの家に分かれたわ。アインフェリア家を継げなかった敗者の側は優れた者である”A”を失い、エインフェリアの名を継ぐことになった。未来永劫の絶対服従と、敗者としての歴史を紡ぎ続けることを宿命づけられたの。
そして、エインフェリアの家に生まれた子は、ある程度の年齢になったら『教育』を受けるようになった。この『教育』は長年にわたる経験の蓄積から高度にシステム化され、全従者が決して逆らわないよう一種の調教を施されるの。命を勝手に奪うようなことはアインフェリアの当主でもできないものの、エインフェリアの人間は外から見える以上に強い上下関係を強いられているの。

これらの話は、私がアインフェリアを継ぐ段階で知らされたものだ。だから、幼い頃のジュリアが『教育』を受けた後、私への態度が急変したことで彼女に恐怖を感じてしまった。
ジュリアが何を考えているかも、ジュリアと言葉を交わすこともせず。私はある意味、ジュリアに向き合うことから逃げたのだ。

気づいた時、私は夢の中にいた。久しぶりの小さな休憩と、紅茶から漂うハーブの香りが私を夢の中に誘った様子。夢だとわかる夢は何かの暗示だと宮廷学者が言っていた気がするわ。まるで幽霊のようにその場に漂う私は、まだ何も知らない私と、何も知らないジュリアを見ていた。アインフェリアの城内に用意された、大理石の水盤や噴水の周りを駆けまわり、2人だけの追いかけっこをする私たち。幼い私は無邪気に笑い、それ以上に表情豊かにジュリアは楽しんでいた。

「ジュリア、この庭はかつてドイツもイタリアも支配した帝国の『ヴィラ』というお庭を再現しているんですって!」
「お嬢、だからといってブドウを勝手に食べてはいけませんよ」
「大丈夫。この庭はいつか私の物になるのだから。ジュリアと2人で好きに使えるようになるのが、少し早くなっただけ」
「怒られますよぉ」
「ジュリアが怒られそうになったら、私が代わりにその者を怒るわ。ジュリアは私の背中を守る。私はいつでもジュリアの前に立つ。そう決めたの」
「お嬢……」

少し呆れたように私を呼ぶジュリア。あの時の私は、この言葉の意味を深く考えていなかった。なんとなく、アインフェリアの当主である自分が前に立ちジュリアを引っ張っていく。それだけだった。

「この前お母さまからいただいた絵本、後で読みましょう」
「そろそろ、絵本1冊を読む間は座ったままでいられるようになってくださいね」

ジュリアの軽くたしなめるような言葉も、お互いの信頼あってこそだった。

周囲が白に染まっていく。夢から覚めるのかと思っていると、場面が変わっていた。6歳のあの日。ジュリアが『教育』に向かう日。
私はジュリアに餞別として、あの絵本を渡していた。
無邪気に「頑張ってね」と伝える私と、少し寂しそうなジュリア。しばらく会えないと言われ、泣きながら別れたらジュリアが悲しむと思って、出来る限り笑顔で見送った私。

ほんの一瞬の別れをへて、また周囲が白に染まる。
なんとなく、気づいた。次はきっと、あの時だわ。ジュリアが戻ってきた、あの日。
私がジュリアに向き合えなくなった時。

エインフェリアへの『教育』は過酷だと聞いているわ。アインフェリアの一族の中で、当主以外にその『教育』を受け継ぐ人々がいる。詳細はその人々しか知らないものの、幼い体に容赦なく負荷をかける訓練で武術を叩きこみ、アインフェリアへの忠誠と服従を毎朝毎晩教えこむらしいの。寝不足で体力も極限まで追いこまれた中、従者たちは命じられた忠義と忠誠の言葉をひたすらくり返し声に出す。それが自分の本心だと思いこむまで。

そして、『教育』を終えたジュリアは、私には別人のように見えた。笑顔で迎える少しだけ成長した私と、どこまでも礼儀正しいのに、どこまでも形式ばった動作しかしないジュリア。仮面を被ったように表情が一切変わらないジュリアと、困惑する私。

「ジュリア……?」
「姫様、なんなりとお申し付けを」

どんな時も優しさと温かさのこもった瞳は色を失い、笑った時にだけ見えるえくぼは二度と見ることができなくなった。まるで人形のようなジュリアに、私は恐怖を抱いたの。後日見た背中の傷も、『教育』のすさまじさを私に見せつけるようで、恐怖をより強くしたわ。

あの日から、私はジュリアと2人きりで他愛ない話をしなくなった。しようと思えなかった。できないと思ったの。

目が覚めた。飲み干したティーカップは冷えていたが、温められたティーポットがテーブルに置いてあった。召使の誰かが入れなおしてくれたのかしら。人が近づいてきたのに気づかなかったことに、私は焦ったわ。当主になるまでに鍛えてきた私は、それでもベルセルク家のセラフィーナのような達人の域には届かなかった。彼女なら誰かが近づけば気づくはず。自分の身を守るためにも、気をつけなければならないことだわ。

部屋に置かれたからくり時計を見ると、ジュリアを呼んだ時間までもうすぐだった。

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らふすけっちいんく 2022/06/12 15:00

【アフターストーリー】カスティリオーヌ家の場合【姫と騎士】

原案・原作:香川俊宗(LAUGH SKETCH Inc.)
執筆:巽未頼


新しい大公に私が決まった後、周りの声は大きく変わった。
誰がどう見ても大本命はアンジェリカ様のヴィスコンティ家だったから。それが、4代目大公以来となる大公就任。私を支えてくれた人たちはもちろん喜んでくれたけれど、それまで本家に顔を出さなかった親戚や家臣まで祝賀会にやってきたのには困ったわ。
支えてくれた人のためのささやかなお祝いの予定が、どんどん大きなお祝いになって。一族総出の祝賀会といった大きな行事になってしまったの。

当然だけれど、一番頑張ってくれたエレナともきちんとお話をする時間はなくて……。
顔も覚えていない親戚たちにうわべだけのお祝いを言われて、「貴女様ならヴィスコンティ家と競えると昔から信じておりました」と言っている人もいた気がする。

そんな祝賀会が終わって、後始末や大公になるための儀式や引継ぎをしている間、エレナも忙しそうで。
誰よりも最初に、エレナに「ありがとう」って言いたかったのに、できなくて。
申し訳なさと、今更私の想いを伝えてもいいのかな、なんて。頭の中でぐるぐる考えてしまっていたの。

大公選の間、あまりにも大きなライバルとの競争で、私たちは手を取り合わなければ対等な相手にすらなれなくて。無我夢中で、がむしゃらになって頑張っていた。立場も、私のいたらなさも考える余裕はなくて。だからこそ、昔みたいに話ができていた。
でも今は、昔みたいに、ううん、もしかしたら、昔より私たちは、遠くなっていないかしら。

夜の会食を終え、湯浴みと着替えも終わった初夏のある日。広い広い自室の真ん中で、明かりをつけないこの部屋で、私は急に寒気を覚えた。侍女たちもいなくなった孤独な部屋。話に聞いたアルプスの雪山は、こんな場所なのだろうか。

「姫さま?今よろしいでしょうか」

その声を聞いた瞬間、私はアルプスからイタリアの陽気な屋敷に戻ってこられた。エレナの声だ。

「姫さま?もうお休みでしょうか?」

少しずつ小さくなる声。私が寝ていたら起こすわけにはいかないという優しさを感じる声だけれど、私にはそれがエレナの心が離れていく様子に思えた。

「いるわ!起きているわ!」

思わず出た声は少し上ずっていた。

「入って。ちょうど少し寝つけなかったの」
「では、失礼いたします」

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